スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
国民休暇村にて
t2017_03_11.jpg

3月11日 震災から6年がたった。

あの時よりはまだまだ寒い宮古です。

この日、姉ヶ崎のフィールドハウスの清掃と遊歩道の整備が行われた。
パークボランティア(詳しくはこちら)の定例的に行っている活動である。

こういった国立公園の清掃や遊歩道の雑草や倒木処理、整備などやビジターセンターのイベントサポート、年間で24回くらいの活動を行っている。

t2017_03_12.jpg


私は、仕事の関係もあってなかなか参加できないことが多い。
しかしながら、国立公園を持つ恵まれた大自然の中で、こういう活動に携わる人たちと、ともに活動できる時間はとても貴重であり、自分たちの置かれている環境を見つめるいい機会にもなるのである。

先日、盛岡劇場で「あの都市の盛岡2011」を観劇してきた。

劇団モリオカ市民 公演である。

私にも出演の要請があったが、仕事の都合でお断りした。入場券はいただいたので妻と盛岡劇場へ。

盛岡の人たちから見た3.11、麦の会メンバーが演じる宮古の3.11、中々興味深く、舞台照明の使い方うまいなァ。

3時間近い芝居だったが、大変楽しませていただきました。あれで終わるのはもったいないなァ。
今度麦の会で集まりがあるので、裏話を肴に盛り上がれるぞ。
スポンサーサイト
【2017/03/14 11:13】 | PV活動へ行ってきます。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
国立公園を楽しむ その1
2013-1-30.jpg


今年度1回目のパークボランティア定例会合が先週土曜日行われた。

浄土ヶ浜の遊歩道の調査と危険木の処理などが主たる目的ではあるが、私などは正月に蓄えたエネルギーを消費する目的でもある。

地元でも身近にある遊歩道を歩く機会など中々ないものである。近いからいつでもいけるという気持ちがそうさせているのか、以外にも知っているようでも新たな発見があったりするものである。

この写真は浄土ヶ浜レストハウスの屋上から撮ったもの。外から階段を上って誰でも浄土ヶ浜を一望できるのである。
iphoneのosが新しくなり、パノラマ撮影ができるようになってこのような写真も簡単に撮れるようになった。

より人間の目線で写真が楽しめ、臨場感が出てくるのである。

2013-1-29.jpg


こちらはお台場の展望。

先日の雪で足場は悪いが、空気が乾いて透明なため、海の色と空の色が実にきれいである。

龍神崎、臼木山、御台場、舘ヶ崎と見どころはいっぱい。パークホテルにでも宿をとって、3時間から4時間かけてゆっくりと歩くと夜の食事がより美味しくなるのである。

但し、海岸線の遊歩道は津波で壊れてしまっているので現在復旧工事が進められている。行楽シーズンまでには完成の予定。

しかしながら2月には毛ガニまつりが開催されるので、海の青さに癒されつつ、宮古の味覚を楽しむのが今の旬。

さて、陸中海岸国立公園のホームページはこちら、そして環境省では福島、宮城、岩手、青森にまたがる遊歩道、東北海岸トレイル(仮称)に力を入れて、注目してもらおうと取り組んでおります。詳細はこちら

そして今現在、早稲田大の後藤駿介さんがこのロングトレイルに挑んでおります。もうすでに宮古を通過しました。その情報はこちらから。

スタートが八戸蕪島。私たちも先月行ってきましたが、種差海岸よく整備されています。ていうか、とっても地元の人たちに愛されてるなァと感じるのであった。

その夜のみろく横町、朝市、八戸も魅力いっぱい。みやこも負けてはいられないのである。
【2013/01/22 12:13】 | PV活動へ行ってきます。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
国立公園遊歩道
2012-1-18.jpg

竜神崎展望台から出崎地区方面を望む。

瓦礫は片付き、魚市場は再開。シートピアなあどは未だに閉じたまま。
それも今年のなかで再開へ向けて動き出す。

ついこの間の出来事なのにずいぶん時間が経ったようにも感じる。

さて、新しい年に入ってはじめてのパークボランティア活動。
冷たい風の吹きすさぶ浄土ヶ浜で遊歩道の倒木処理だ。

2012-1-17.jpg


ここ浄土ヶ浜も海岸線の遊歩道が寸断された状態であるが早期に治すということが新聞の記事に出ていた。

浄土ヶ浜は海岸線以外にも展望台が何箇所かあり、遊歩道がある。地元の人は結構歩いていると思うが、観光で訪れても短時間で回るのは難しい。しかし高台から見る海岸線はなかなかいいものである。

そんな遊歩道を安全に歩いてもらうために国立公園の保護官のもと、パークボランティアのメンバーは活動をおこなっている。

我々が切れる木はそんな太いものではないが、今回のはちょっと違っていた。これならチェンソーだろうと思われるやつが横たわっていた。子供の頃は冬になると薪をノコギリで引くのは日課みたいなものだったがたまに使うノコギリに結構手こずるのである。

最近は桃の木の選定作業ぐらいしかノコギリは使わないものなァ。

でもこんな木が歩行者に倒れてきたら大変なことになるのである。安全であることは必要だが、でも自然の中であることには間違いないわけで、何かに守られているわけではないので注意しつつ、国立公園を満喫して欲しい。
【2012/01/17 22:04】 | PV活動へ行ってきます。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
とど山って?
2010-11-13.jpg

魹山って聞いたことのない山だが、魹(とど)というくらいだから魹ヶ崎あたりの山であろうことは想像がつく。

今日は劇研麦の会の定期公演の仕込みが午後からあるが、何かとスケジュールが重なって暫く参加できずにいたPV活動へ、3時までには帰れるから大丈夫だろうと参加した。

ここ数年裏の山に行くぐらいで登山らしい登山もやっていないし、果たしてついてゆけるだろうか、不安が胸をよぎる。迷惑をかけるようなことがあってはいけないのだ。

てっきり遊歩道のようなものがあるのだろうと思い込んでいたのだが、途中からいきなり道のない山の中へ分け入ってゆくではないか。

でもそれは私にとっては幸いであった。どうも最近アスファルトや建物の床の上では腰痛がしてつらいのである。
そんな痛みもふかふかとした山の中に入れば消えてしまうのだ。

腰痛も現代社会の便利さからくる弊害なのかもしれないな、などと考える。

この程度の山なら裏の山とおんなじだしと思いつつ歩いていると、だんだん斜面は急になり、岩場が現れる。

人間は普段あまり気にならないことも、大自然の中に一歩踏み込むと持てる感覚を研ぎ澄ませなければいけないことに気づく。枯れ葉に足を滑らせたり、木の枝に引っかかったり、岩に躓いたり。

知らず知らずに自分の守るべき許容範囲をつかんでいるわけだが、帽子をかぶったり、ザックを背負うと途端に感覚を修正するなどということはできないことに気づく。

大丈夫なはずで枝を交わしたと思ったら帽子が引っかかったしまうとか、木の間を抜けようとしたらザックが引っかかって抜けられないとか、現代社会に慣らされすぎている自分に情けなさを感じたりもする。

岩の間を登ってゆくときなどは神経を研ぎ澄ませ登るわけだが、非日常的な体験もたまにはないといけない。

人間は死に向かって生きているという話をよく聞くが、岩にとりついたらこんなところから落ちて死ぬわけにはいかないと、必死で己の持てる力を発揮し次の目標へ向かってゆくのだ。
その先が死だとしても目の前の岩ではひっしにしがみついているのである。
そんな緊張感を楽しみ過ぎては癖になるが、適度に神経を研ぎ澄ませて己を戦わせる時間も必要なのかも。

その先にはこんな素敵な景色も待っているし。

2010-11-14.jpg

道なき道ではあるが、空き缶などのゴミは結構落ちていて、気持ちよく楽しむ風景には人間の出すゴミは似合わない。そんなゴミを拾いながら登る皆さんはとてもすごい人たちなのである。

ここからならアメリカが見えそうかも。

【2010/11/16 18:17】 | PV活動へ行ってきます。 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
PVの色々。
2010-10-08.jpg

山桜のほだ木に生えたなめこ。今が旬のキノコなのだ。
今年はマツタケも大豊作で出崎産直はマツタケが所狭しと並んでおります。

さて、PVという略語が多用されていますが、何の略語かわからないまま聞き流しているかと思います。

一つ目のPVはページビュー、WEBページへのアクセス数。page view
二つ目のPVはプロモーションビデオ。promotion video
三つ目のPVはパークボランティア。park volunteer

その他にもまだまだありますが、そのあたりのところはウィキぺディアにお任せして、今後私のブログで多用されると思われるのが三つ目のPV。パークボランティアについて。

一昨日の活動に参加してきました。どんな活動かと聞かれても私にもまだよくわからないので、活動状況を報告しつつ、理解していただければいいかと思います。

今回は10月16日に開催予定の自然ふれあいイベントの下見と試作品作り。

2010-10-09.jpg

写真は遊歩道の倒木などを取り除いたり、危険個所などのチェックを行っています。

今回の企画は遊歩道を歩いた後に中の浜キャンプ場で火をおこして、燻製やご飯、バームクーヘンなどを作るというもの。早速、調理に取り掛かります。

2010-10-10.jpg

しかし何ですな。人間というものは火を使う事ができるようになってこのかた、その魅力とりつかれ、遺伝的に火への執着心を持っているようです。
火をつける道具がこれほど発達し、ひいてはオール電化という火を全く使わずとも調理できる時代に、木をこすり合わせて火をつけることに、この年になっても夢中になれるわけです。
火ダネができ、火が燃え上がったときの感動?感激?
昔は火遊びをすると親に怒られ、寝小便をするからやめろと言われたのだが、いまでは火遊びを推進する、いや、体験する時代になったようでございます。

でもまあ、火のゆらゆらと揺れる灯火は人間の心を落ち着かせてくれるわけで、先だってビッグサイトのギフトショーに出展していたとある業者のブースでは、LEDの光を炎のような揺らぎを持たせ、キャンドルにして展示していました。逆にそんなことまでしてしまう時代であります。

この炎は我々人間にとって、どれだけ進化の過程で、生活に安心をもたらしてきたのか、実際に火をおこして見るとよくわかります。

そんなことを考えつつ、その火を利用して、飯盒でご飯を炊き(この時代であってもやっぱり飯盒なのか?)、まだ飯盒も売っているんだろうか?そういえばうちの息子が卒業記念に後輩から飯盒をもらってきていたなァ。

火おこしとは違って、飯盒は古き良き時代?戦時中も活躍したが、そんな名残のお楽しみといったところか。飯盒で作った飯は確かにうまい。焦げ付き具合がいい香りを出してくれるわけだ。今じゃキャンプでも使われなくなったけどね。

途中で採ってきたキノコの数々も鍋で炊いてキノコ汁。30分でその効果が表れるとか。お互いの表情を気にしながらいただくのであります。やっぱりこういう場合は最初に口をつけた方がいいのか、少し遅れて口をつけ、苦しみ出したのを見つつ、次はおれの番かと恐怖におののくのがいいのか、いずれにしても口をつけないわけにはいかない状況ではありますな。

それにしても美味である。

さて、バームクーヘンは竹に少しずつ材料を塗りつけながら、火の上で休まず回し続けます。気の遠くなるような作業であるが、厚さが増すにつれ期待は膨らんでくるのであります。
それにしても昼日中から我々だけでこんな楽しいことをしてばちがあたらんのだろうか。

燻製も出来上がったところで、乾杯と相成りまするが、やっぱり日本酒を素焼きの杯(実はプラスチック)でグビッと。「プハァー、美味い。これはやめられませんなァ、ハッハッハー」

いや、これはあくまでも活動の一環で、試作品の試食という事で、最後のくだりはPV活動が終わった後の余興であり、そんなこんなで秋の午後は心地よく流れてゆくのであった。

締めは何年か前に工芸の仲間で作った市町村合併記念品、三夕(さんせき)というのを思い出しつつ。

寂しさは その色としも なかりけり 槙立つ山の 秋の夕暮れ (寂蓮法師)

心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ (西行法師)

見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ (藤原定家




【2010/10/11 13:39】 | PV活動へ行ってきます。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。