直売サミットの長い夜
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10月29日、30日 我ら出崎産直IT作戦隊は全国農産物直売サミットに参加すべく、組合長以下、総勢10名で青森へと向かう。

テーマはお客様の期待に応える、農産物直売所になろう、そして分科会での情報システムと・情報発信方法について勉強してこようというのが今回の目的である。そのほかにも5つの分科会に別れそれぞれのテーマでディスカッションが行なわれた。

私たちの参加した分科会、結果からいえば、将来を見据えた情報の有効的活用は見出せないまま終わってしまった。
要はそれぞれのPRや自慢話のオンパレードで建設的な話はないのである。むしろITの有効活用など否定的とも思える発言が多いのだ。
これにはがっかりだ。発言する気力もうせてくるのである。我々の手の内を公表するまでもなかろう、むしろ隠しておこうということになる。

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その後交流会、高い金払ったわりには食いもんねぇし、飲みもんだけはいっぱいあるから、そこは我々の得意分野であるからにして、テーブルの中央は瞬く間に、ビールと日本酒の瓶の山が築かれてゆくのであった。後のことなど考えないのがおいしい酒を飲むコツなのだ。

ちなみにお客さまとPOSと生産者という関係について一言私なりに考えると、もうすでに何十年も前からトヨタなどは一台注文が入れば一台の部品から製作出来る環境を整えている。いわゆるトヨタ生産方式だ。農業はというと想像がつくだろうし、全く環境が違うというかもしれない。しかしながら理想はお客様が欲しい野菜を、必要な量、今届けることができるということであり、そうする事で生産者側も消費者側もコストを最小限に抑えることができるのである。

そのためには今売れたという情報が的確に短時間で生産者に伝わるしくみが必要なのだ。
携帯電話で充分だとの話もあった、しかし手が話せないときの電話ほど迷惑なものはなかろう。ましてや誰かがボタンを押さなければいけないのだ。

必要な最新技術をうまく使うことは”せっこぎ”とは違うのである。

でも学校給食には関った方がいいのでは?

俺から言わせてもらえば、自分のうちで作るなり、なあどで買って弁当詰めろ。宮古でそんな供給できっか?日本の自給率から見ても無理なんだし。安全安心食材の買い付けチームを作ったほうがよっぽど安心かも。(勝手な意見でごめんなさい)

などと店を替え、飲み物を替え、アル中作戦隊の白熱した議論は夜更けまで続くのであった。
【2007/10/31 11:21】 | 出崎産直はなあど | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
明日は盛岡で農ハウフェスタ?
あいにくの雨模様、こん夜は照る照る坊主でも作りますか。

明日は盛岡の中津川河川敷で農ハウフェスタなるものが開催される。
東北、新潟の7県の新聞社で構成するプロジェクトとのこと。

各地区の産直が集まっての収穫祭、県外からも来ます。何があるのか、楽しそうですね。
私たちの組合ももちろん参加です。

とびっきりおいしい物を持っていきますのでお楽しみに。

明日10時から午後3時半まで、雨が上がることを祈っています。

今日も汗流したけれどやっぱりやせないね。腹筋が割れたと思ったら、3段腹のしわでした。チックショウ!
【2007/10/26 20:13】 | 出崎産直はなあど | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビリーバンドでワン・ツースリー7日目
5日6日目は腹筋プログラム、とにかく腹筋をいじめ抜くビリー隊長。
腹筋もさることながら、自分の体の堅いこと、ちっともビデオのように曲がりません。
だから効果がないのだろうか。
体重は増えることはあっても、減ることはないのであります。

ということで、効果がなかったではビリー隊長に怒られてしまいます。こうなりゃ朝昼飯抜きで6日目、7日目は挑戦するのであります。
最終日、最後のディスクを入れて、隊長宜しくお願いします。汗も筋肉痛も息切れもあるのに、どうして私はやせてくれないのですか。
つべこべ言わずにやれ!イエッサー!!

しかし今日は展開が速い、右か左か、手か足か、考えているうちに次に進んでゆくのであります。何とか汗を流しつつ最後まで来ましたが、深呼吸しながら、隊長の言葉に、いや英語がわからんので、字幕に目をやると、イラクの兵士たちねぎらいの言葉をかけるではありませんか。

苦しいトレーニングの後にこの言葉は胸を打つ、最近、歳とともに涙もろくなった目がつい潤んでくるのでありました。

それにしても減らねぇなぁ。もう一回最初からやり直しかな。
【2007/10/25 19:39】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビリーバンドでワン・ツー・スリー3日目
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さて、3日目からは応用プログラムということで、DVDの2枚目です。

さすがに体中筋肉痛になり、熟睡できない状態になってしまいました。日頃いかに使っていない筋肉があるか思い知らされます。しかしビリーバンドの効果は絶大で柔らかい中国製ゴム紐、いやチューブ、要は血管に注射するとき縛る奴だと思えばいいわけで。やっぱりこれも中国製か、ちょっと複雑な気持ちに成りつつも、こいつに苦しめられるのでありました。

やりとおせば体も変る。変りたいという気持ちがあれば自分は変えられる。ビリー隊長いいこといってくれます。疲れて体が動かなくなってくると、そこで見ていたかのようなタイミングで、起きているか、どうやら眠いらしい。もっと声を出せ。と非常なまでに厳しいい声がかかる。
この年になってこんな経験は中々できるものではないが、誰も見ていない部屋の中で一人でやるからできるのだと、周りを見渡す。

とても人には見せられない姿なのであります。到底映像の中にあるような動きや形などしていないのだから。

諦めるな、君は心も意思も強い。励まされつつ何とか時間は過ぎてゆくのであります。
息絶え絶えに、汗を滴らせながら、何とか本日も終了。体重は?おかしいな、80キロを超えてしまいました。減るはおろか、増えてはまずいだろ。
2日間の応用プログラムも終了し、やっぱり増えてるよな。とりあえず、次からは腹筋プログラムなのだ。
【2007/10/24 08:54】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ビリーバンドでワン・ツー・スリー2日目
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今年も野生のリンドウが花開きました。栽培ものと違い、しっかり花びらを広げています。

さて、ビリー隊長のキャンプへ入隊して2日目、体重はと。
500グラム減ったかな?このぐらいはうんこすりゃ減るじゃねえか。まだ効いてこねェな。
今日も基本プログラム、少し筋肉が疲れているがやれそうだ。

それでは隊長宜しくお願いします。
しかしなんだねぇ、盆踊りしか見たことない俺にはどうもこの早いリズムにはついていけないのであります。どんどん遅れていきますね。やっぱりこれは生活の中で身についたリズムというものがあって・・・。早速やれない理由をこぼし始めるのであった。

それにしてもビリー隊長、休む暇も与えず、次から次へときつい事を命令してくるわけで、次第に筋肉の疲労とは別の次元で、浴びせられる言葉と、しごきがなんとも嬉しく、懐かしく、心地よい快感となり、隊長もうだめです。でもやっぱりついていきます。などと若かりし頃のクラブ活動で先輩にしごかれ、口から心臓が出そうになってやっていたあの頃を、思い出させてくれるのでありました。

でも昨日よりはめまいも、吐き気もなくなったし。ビリー隊長の言葉でふやけた心に活がはいる。ここは一つビリー隊長の言葉には大きな声で答えねばなるまい。
「イエッサー!」
それにしてもこんな山奥で、パソコンに向かって声を張り上げる俺はいったい何をしているんだろう?

隊長ありがとうございました。明日も宜しくお願いします。
(これはもはやダイエットの域を超えているのでありました)
明日から迷彩服で頑張るぞ!ビクトリーッ!
【2007/10/20 23:26】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ビリーバンドでワン・ツー・スリー1日目
都合により写真は掲載できません。

今年就職した息子が、あまりにも醜い親父の体形にたまりかねて、かの有名なビリーズブートキャンプ、7日間集中ダイエットなるものをプレゼントしてくれた。
流行にすぐのせられる俺なのだが、1週間もそんなことに関ってられるかと、ほっぽりだしてあったのだ、妻がせっかく買ったくれたのにいいんですかなどと余計なことを。

そうなのだ親父としては息子の期待に応えなければいけないのだ。

そういえば先日薬師岳でとった写真がどうにも納得行かない、あれはどう見たって風でシャツが膨らんでいるのだとボタンをかけなおし、サイド撮影してもおんなじだ。

ちょうど今週から来週にかけて時間が取れそうだからということで、気持ちを切り替えてやることにした。中身はどうあれ1週間続けることがこの年になると難しいことなのだ。

とりあえず話の種にと、工房の机を片付けて、箱を開ける、結構ドキドキすんなぁ。
ゴムひもみたいなのが出てきた。これがビリーバンドってやつか。
DVDが4枚、基本プログラムDISC1、これが1日目と2日目のプログラムらしい。

早速、再生してみる。テレビで見てるとバックの音が面白い、効果音の制作でつないだコンポがそのままなので、やっぱり低音を効かした大音量でやったほうがいいだろう。

待ってましたビリー・ブランクス。テレビのあれです。
体重は克明に記録しなければいけないわけで、さっき飯食ったからなんと80キロになってました。ムムムいつの間に?
真剣にやれば8キロぐらいは落ちるようなこともテレビでは言ってたか?

それではワン・ツー・スリー・フォー・・・
と始めたのは昨晩のこと。ところが途中から動悸、息切れ、めまい、立ちくらみ、冷や汗、寒気、ビリーさん許してください。少し待って下さい。私が悪うございました。
もはや体力もなくなり、パソコンに向かう気力すらビリーに奪われてしまったのです。

とりあえず風呂入って寝る、震える手足、うつ病にかかったように、気持ちまでめいってしまったのであります。
部屋に戻った私は妻に、ダイエットと称した、保険金殺人ではないのかと問い詰めるのでありました。



【2007/10/19 22:45】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その17
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さて、いよいよ効果音も作らねばなるまい。
先日見つけたオープンリールの効果音、まずこれを聞いてみよう。
箱を開けると、テープの下に当時のパンフレットが入っていた。昭和54年10月28日の市民文化会館、第39回公演のものであった。
この作品をもって海外公演とある。なん太 南野和生、もん太 木村義昭、亀六 細越健一、おこう 鈴木淳子、 なるほど、この脚本を知り尽くした南野氏の演出は楽しみだ。そして後に結ばれることとなった、亀六とおこう、鈴木さんだったんだ。

それはさておいて、やっぱりこのテープは当時使われたものらしい。果たして音は聞けるのであろうか。早速倉庫からテープデッキを引っ張り出してくる。これは以前の会社で入社当時からお世話になっている向口氏から借り受けているものだ。果たして動いてくれるだろうか。
どちらも年数がたっているだけに心配であった。

電源をいれまわしてみる。大丈夫だ。テープをリールの巻きいよいよ音出しだ。昔はミキサーを通し、アンプ、そしてカセットテープなどへ録っていたが、今ではパソコンにつなげばソフトですべてやれるのである。便利な時代だ。とりあえずヘッドホーンで確認した後、当時の音源をパソコンへ読み込む。それが写真の画像である。

今回はこの音源を使い当時を再現した音作りをしてみようと考えた。当然ノイズをカットしたり、ステレオ効果のある、迫力の音源につくりなおさねばならないのであるが。
当時の音にここで触れられるのは、ある意味感動すらおぼえるのであった。

当時は何回も録音、再生を繰り返し音を重ね、効果音ごとにテープをつないでいた。そんなテープを見ると懐かしくもあり、古きよき時代を感じるのである。
今はモニターを見ながら、マウスを動かすだけの作業である。
それもアナログ時代を知っているから、やれるのかも知れない。それにしても記録の情報を目で見て事細かに修正できるのだからすごい時代だ。
絵を重ねれば、音が重なっちゃうんだもんね。

後はCDRにでも記録させればいいわけで、カセットテープみたいにヒスノイズに悩まされなくていい。頭だしだって簡単。タイミングもとりやすくなった。後は感性の問題か?


【2007/10/17 17:43】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ふらり薬師岳 その8
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早朝、体の痛さで目が覚める。やわらかい布団に寝ていると、板の上にマットを敷いたぐらいでは到底自分の体重を支える皮膚や筋肉になっていないことを思い知らされる。
まして普段姿勢がまっすぐになっていないのであろう。仰向けに寝た体はまっすぐに己の体重で矯正されたようだ。この背中の痛さは当分続くことになった。

早速、朝飯の準備に入る。とはいっても私はカップラーメン程度なのだが。
隣では、炊き込みご飯のようなものらしい。アルファ米といって山屋さんなんかに行くとおいてあるのだが軽く持ち歩きやすく、お湯を入れて15分ほど置くとご飯になるらしいのだ。
私はいつも自家製の米を持って行くので朝は飯盒や鍋で炊くのであるが、山では準備や水の便など考えるとそうはいかずラーメン程度で済ませるのである。

小屋の中に2台のガスストーブの音が響く。このガスの音がなんともいい。昔はホエーブスの音が本では良く出てくる。ホワイトガソリンやケロシンなどが主流だった時代だ。
今ではガスがほとんどで、ボンベもホームセンターなどで取り扱っているから便利な時代になった。点火も持ち歩きも、火力も、とにかくよくできている。
薬師岳から湧き出した水でお湯を沸かす。
山の朝最初に飲むコーヒーの味は格別だ。ちょうど二位分用意してあったのでそれぞれにお湯を注ぐ、小屋の中にコーヒーの香りが立ち込める。

我々は食事を終え、帰り支度をする。悪天候の為茨城の登山客はそのまま帰るという。
川原の坊の駐車場まで送ることにした。小雨のぱらつく天気となった。
駐車場でまだ名前を教えていなかったことに気づき、自己紹介する。

ガスにかすむ早池峰山を仰ぎ、帰路につく。短い時間ではあったが満足のゆく薬師岳だったと振返る。写真はまた今度来るからと言い残し、枯葉を敷き詰めたタイマグラの木立の中を走らせた。
【2007/10/16 10:13】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ふらり薬師岳 その7
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さっきから頭上をかすめるこの生き物はこうもりではないかということになった。しかしどこから入ってきたものか。ここをねぐらにしているのか、チーズやワインの香りに誘われたやってきたのであろうか。目の弱いこうもりが我々の周りを飛ぶにはそれなりの理由があるに違いないのだ。もしや吸血蝙蝠か?このあたりに住んでいるこうもりでそんな話は聞いたことがない。

明かりを消して寝る頃にはどこかへ行ってしまった。
寝てからもしばらく話をし、そのうち眠りに付く。それからどれくらいたっただろうか、羽ばたく音とその風が顔をなでる。やっぱり明かりは関係ないんだ、このこうもりは私たちを歓迎してくれているらしい。

何度かいったりきたり顔をかすめる。あまりにも顔に近いので横を向きシュラフにすっぽりともぐり込む。そのうち頭のところへ来てとまった。これから先何が起きるのだろう。興味と不安で眠気が覚めてゆく。
やがてこうもりらしき音は頭の上でゆっくり歩き出した。その足音が聞こえるのである。
こうもりは基本的に逆さまで行動するように思えるのだが音を聞いている限りでは二本足で歩いているようである。ちなみに頭の上は窓になっていて幅広くさんがあるからそこを歩いているのだろう。

何しろこの頃はガスもかかり、雨も降ったり、真っ暗闇の世界であるから何も見えない。ただこうもりの動く音だけが響いているのである。

そんな暗闇で、シュラフにもぐり顔だけ出して仰向けに寝ている姿を想像するに。
こうもりを従え、じっと眠りにつく我々は、どう見てもドラキュラにしか見えないのであります。

そのうちこうもりの顔をかじられるのではないかと不安を覚えつつ、疲れ、アルコールのしみた体はやがて暗闇のそこへと落ちてゆくのでありました。

※ 小さい頃こうもりを捕まえたりしましたが結構凶暴で手をかじります。普段は昆虫などをとってたべているようですね。
【2007/10/15 09:28】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ふらり薬師岳 その6
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シャクナゲはもう来年の準備に入っていました。

小田越山荘には入る頃にすっかり日が暮れてヘッドライトで照らしながらドアを開ける。
もうすでに先客はシュラフの中だ。

時間はまだ6時半、電気もストーブもない山の生活は太陽や自然環境に依存する生活なのだ、本来の生きるとはこういうことなのだと感じさせられる。
私が入っていったものだから、先客もシュラフから起きだし、どっちのルートできたのかと尋ねる。

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話をしながら、登山靴を脱ぎ、先客の隣へマットを敷く。
お酒はいける口ですかと尋ねると、山ではそれが楽しみみたいなものですよとのこたえが返ってくる。これできまりだ。早速ワインとチーズを取り出す。ビクトリノクスのナイフを取り出し、ワインのコルク抜きを起こす。このナイフは何しろ便利だ、もう何年も使っているが、そのたびにありがたさを感じる。そしていつまでも壊れず、錆びず、山に限らず、釣り、ドライブ、家の中までこれ一つあれば用が足りるのである。

本日はイタリア製の赤ワイン、車でこれるからこのボトルであるが、山には背負っていけないだろうな、そのときはメルシャンの紙パック入りか。などと考えながら、安物のワインですがどうぞと差し出す。当然みんなステンとかアルミとか最近ではチタンのカップを持っているわけで、でも基本的にお酒はガラスでしょう。しかしそうもいかず我慢しつつそれでもやっぱり登った後のお酒は美味しいのであります。

すでにビールを飲んだというが、付き合っていただくことに。チーズを出したのだがチーズは食べれないとのこと。変わりにおつまみいただきました。喉を潤しつつ、話は山のことへ、当然そうなるのだが、昨日栗駒へ登ってきたとのこと。見事な紅葉だったそうな。3連休茨城から栗駒、早池峰、薬師岳、ハードな山行をこなしているのでありますね。百名山を半分くらい登っているようでした。

実は栗駒へ行こうと、N隊員に誘われていたのですが日程合わず、今となっては強行手段で行くべきだったと後悔する。

先週は北岳に行ってきたとのこと、話はアルプスへ、そういえば我が探検隊M隊員、涸沢岳(からさわだけ)テント泊で奥穂高へ行ったはずですが、紅葉はどうでしたか?

話は尽きないのですが、酒が尽きてしまいました。ろうそくとヘッドランプの照明も消し、二人はシュラフへともぐりこむのであります。ライトといえば今やLEDライト安心安全、省エネ、いいですよね。

しかし、気になることが、さっきからライトに蛾のようなおおきな影が映るのですが、そのうち頭をかすめ始める。なんだこりゃ、蛾にしちゃでかすぎるし。
【2007/10/13 18:24】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ふらり薬師岳 その5
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帰りは重い体を持ち上げる必要がない分楽になるため、カメラを構える余裕も出てくるのであるが、距離が長いと結構ひざにくる。今回は距離が短いこともあって楽しみながらの下山となった。ワインが頭にちらつきつつ、ふと息子が3歳の時登った早池峰のことを思い出す。

時間は通り過ぎてゆくが、そこに刻んだ時間はいつまでもそこにあり続けるのだ。しかしどういうわけか家で寝転がってテレビを見ている時間だけは刻まれずに過ぎてゆくみたいだ。
当時の思い出に懐かしさと、もう二度戻らない寂しさを感じる。

行き返りとも誰一人登山者に出会うことはなく、薬師岳を独り占めした気分にひたりつつ、登山を終えた。

車に戻るため歩いていると、小田越山荘の看板が目に入った。そういえば今年はここで探検隊は合宿をする予定だったではないか。この際下見を兼ねて見学してゆこうと、道をそれて山荘へと向かう。急な下りを2、3分歩くと山荘が見えてきた。
林の中ということもあって、薄暗く、窓からその中の様子はうかがえない。
誰もいないだろうと思い、扉を開ける。その奥にも戸が付いていて、そこからのぞくと一人先客がいた。もうすでにガスストーブに火が入り、夕食の準備にとりかかっているようだった。
挨拶をして、中の様子を見ることにした。中はさらに薄暗く、ひっそりと静まり返り、ガスの燃える音だけが小屋の中に響く。

おたがいに簡単な紹介をし、言葉を交わす。茨城からの登山者であった。そして一人だけだし、ここは避難小屋だから泊まっていった方がいいよと誘われる。テント泊まりで下のキャンプ場にでも行こうと思うと断るが、何度も誘われる。

とりあえず車に戻って、荷物をおろし、それからどうするか考えることにする。今晩の飯は出がけにおふくろの作ってくれたにぎりめしがあったし、問題は朝食用の水だ。そうこう考えているうちに雲行きが怪しくなってくる。川原の坊キャンプ場の水場でお気に入りのグランテトラの水筒に水を1リットル入れる。(グランテトラの水筒は今は生産していないらしい、中が焼き物かホーローのようなつくりになっており水に匂いが付かないのだ。形も転がらないようにつぶしてあり、ゴムパッキンの蓋で、湯たんぽにもなるし、今となってはレトロな感じが最高)

ここであったのも何かの縁、一人で飲むより二人のほうが何しろ楽しい。まして山で出会う人間は山しかないのだから、話があわないはずもない。
寝袋とマットを持って山荘に泊まることにした。こりゃワインもっと買ってくりゃ良かったかな。
今宵は茨城と岩手で盛り上がっちゃうもんね。


【2007/10/12 18:54】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ふらり薬師岳 その4
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いよいよ樹林帯を抜け、目の前が開ける。這い松の間を縫うように登山道の岩の道が続く。
吹き抜ける風に心地よさ以上に寒さを感じる。
この薬師だけの登山道は大きな岩をぬって歩く道で、カメラと三脚を両手に抱えて歩くのはバランスがとりにくく結構大変な負担を強いられる。

しかし、ザックをおろして写真を撮りながらというのもまた、疲れた体には面倒くさいものであるのだ。でもここまで来るとさすがに元気が出てくる。山頂目指してもう少しだ。
だが、登るにつれて雲の中、ガスがかかって早池峰の裾野までもが消えてゆくのであった。

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薬師岳山頂に着いたときには、すっぽりとガスに覆われ、強い風が吹く。汗ばんだからだから急激に体温を奪ってゆく。ゆっくりとどまる余裕もなく、又の機会に早池峰の大パノラマは残しておくことになった。ちなみにシートピアなあどの産直ホームページの店内のパノラマ画像を見ていただきたい。今の技術じゃこんなことは簡単にできてしまうので早池峰山を薬師岳からご覧いただこうと思ったのですが。
山頂でカメラを吹き飛ばされそうになりながら記念撮影、でも自分の写った体形にこりゃ出せないな。標高1645メートルの頂上である。
薄暗くなってきたのですぐさま、下山することにした。

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這い松の緑と色の染まった広葉樹が見事なコントラストで山肌を埋め尽くす。ソフトフォーカスに演出された薬師だけは私のお気に入りの山となった。つまらないとの話も聞いていたが、早池峰とは全く違う景色のこの薬師岳はおすすめの山なのだ。

今夜の野営地を探す為に急ぎ足で山頂を後にする。
夕暮れはドラキュラと化すそのときが来ることをまだ知らない・・・。

【2007/10/11 09:57】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その16
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昨晩麦の会の要請を受け、実に昨年の定期公演以来1年ぶりにメンバーと顔をあわせる。
劇研麦の会は宮古で活動を続けるアマチュア演劇の集団である。
昭和23年が結成の年であるから相当の年月を経て今に至る。
そして未だにその思いは受け継がれているのである。

昨年書き出したのも10月9日、2006年のブログ、All Archives の10月からご覧いただければ多少なりとも麦の会がわかっていただけると思われる。

さて、今年の定期公演であるが先日、豆腐田楽を売っているさなか、山口さんより台本をいただく。うわさでは耳にしていたが題名は 海の太鼓 。
昨年 田中茂と麦の会 その15 で締めくくったアイルランド公演の作品がこれである。
この作品を南野氏がどう演出し、何を感じさせてくれるか、今はそれが何より楽しみである。

故田中茂氏創作のむかしばなしであり、その内容はおいおい練習風景とともに紹介していこうと思う。

とにもかくにも担当業務を遂行することから始めなければならなかった。まずは効果音の洗い出しからである。故田代鉄男氏のあと会長を受け継いだ奥さんの工場の一角にある効果音のライブラリーから必要なものを選択する。
リールに巻いたテープ、カセットテープ、CD、いつもここに来ると時代の流れを感じる。
ここに来るのも、これを使うのも俺ぐらいで、それだけ長くやっているともいえるのだが。

箱を開けるとなんともいいようなない懐かしいにおいがする。たぶんテープの匂いである。
古い箱を開けてみると、スコッチのオープンリールのテープが出てきた。明けてみると海の太鼓のSEと書かれている。年代的に見てももしかするとアイルランドの際に使われたものではないかと思われ、これも持ち帰ることにする。

色々見繕って、お礼をいい、工場を後にし、練習場所の磯鶏公民館へと車を走らせる。
テープの中から当時の音が出ることを期待し心は躍っていた。
しかし、機械が動くかどうか不安はあった。

やがて、メンバーとの一年ぶりの再会。第一印象はみんな疲れてんなァ。
そしていよいよ、南野氏の妥協を許さない演出が始まるのであった。
【2007/10/10 22:18】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ふらり薬師岳その3
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昨日の記述に間違いがあるとのコメントをいただきました。
ムシカリをゾメという風に書いたのですが、このへんでいうゾメはガマズミということでゾメの実は黒くならないとのこと。
黒い実を見たときにちょっと違うとは思ったのですが、申し訳ありませんでした。ここで訂正させていただきます。ちなみにどちらの木もスイカズラ科、用途的にも同じようです。
たぶん味もおんなじかな?

歩を進めるうちにぽっかりと空いた木立の間から早池峰山が顔をだす。
呼吸を整えながらカメラを構える。撮影中が休憩中。体がスーッと楽になり、肩に食い込んだザックのせいで心臓の鼓動が耳元に響いてくる。体を鍛えていないということはこういうことだと実感する。大概こんなときの写真はぶれているものである。

山頂は雲のガスで覆われているが、わずかに見える中腹の山肌は紅葉の絨毯に覆われていた。樹林帯を抜けたときの風景を楽しみにさらに歩を進める。

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やがて樹林帯が時折ひらける。雲の間から射し込む陽射しに照らし出された絨毯は薬師岳と早池峰山の広大な風景を映し出した。オオシラビソの匂いと時折吹き抜ける風、紅葉の絨毯が忘れかけた感覚を刺激する。贅沢を独り占めしたような満足感、今ここに居るからこそ味わえるのだ。重い腰を持ち上げ、汗を流したことが報われる瞬間だった。

山頂はまだ見えないが、上の方はガスがかぶり始めていた。
【2007/10/10 11:44】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ふらり薬師岳その2
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木道に入ると5、6人の下山グループとすれ違う。
こんにちはと声をかけられる。山では慣例で登山者の仲間意識みたいなものだろうか。

薬師岳にも登る人がいたんだ、これから何人の人と出会うだろうと考えながら、もくどうを進む。程なくして木道にかぶさるようにムシカリ(別名オオカメノキ)の赤い実が目にとまった。
この赤い実を見るとやっぱり秋になったなと感じる。

子供の頃牛の餌を刈るため刈り場と呼ばれる場所へついていった。萩や萱(ススキ)などが主で、干草として冬に食べさせるのだ。この時期山道でこのムシカリ、この地方ではゾメというのであるが、この実を食べたり、木を切って弓を作るのである。しなりがよく良く飛ぶのである。
今では懐かしさもあってかついカメラを向けたくなってしまう。そういう季節の風景の中でごく自然に生きてきたということなのだろう。

やがて道は樹木に囲まれ周りの景色が遮断されてしまう。樹林帯の中は高山地帯特有のオオシラビソの匂いに包まれる。次第に坂道が急になり、動悸息切れ、立ち止まるとめまいに襲われる。フィトンチッドは体に良いらしいが、山登りの疲れを癒してくれているかどうか感じる余裕はない。

普段体を動かしていないとこうなるのである。むしろ急激な負担は体に良くないことを実感するのであった。
短い休憩を取りながら、暗くならないうちに山頂まで登らなければと急ぎ足になる。結局息切れがそれ以上に足を引っ張ることになっているのだった。

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【2007/10/09 10:27】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ふらり薬師岳その1
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探検隊のメンバー出発前に全員退却してしまったし、それにしてもこの空白をどうやって埋めようか。
とりあえずテントと寝袋を詰め込んで、近くの山へと向かう。

もう連休中日、お昼近くである。

今なら薬師岳には何とか日が暮れる前に上れるだろうと、車を走らせた。
途中、食糧を買い込む。とはいっても今からなら、今晩飲めるものがあればいいか。

大藪春彦氏風に書くと上等の赤ワインとサラミというところであるが、イタリア物で5、600円の赤ワインとチーズを買い込む(5600円ではない600円程度ということだ)。

今夜はテントでこいつを飲んで静寂の闇に体を預けるのである。

生きているとたまにはこんな時間が欲しくなる。テレビや電気の明かりがうっとうしくなるのだ。まだ縄文人の遺伝子が体のどこかに残っているのだろう。

二時間ほど車を走らせ小田越の登り口へ向かう。徐々に山は色を変え、赤や黄色に色づき始める。車を止め登山靴に履き替え、ザックを背負い、カメラと三脚を持ち歩き出す。

一時期、薬師岳は入山禁止になったこともあり、監視小屋のおじさんに確認する。二時間はかからずに山頂までいけるとのこと。呼吸を整え木道へと足を踏み入れた。
【2007/10/08 13:02】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
みんな忙しそうだね
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どうも巷では私、新規就農者という扱いになっているらしい。
山里に住んでこんな写真を出しているからなのか?

私は隊長であって就農者ではないのです。

梨も摘果を躊躇するとこんなになってしまいます。
しかし小粒ながらも味は良かったりするわけで、でも枝がかわいそうに垂れ下がっています。

さて先日、麦の会から今年の定期公演の音響効果の要請がありました。そんな季節になったのかと一年を振返る。そろそろ劇研麦の会のことも書いていこうと思っているのですが。

しかし、明日ですよ探検隊のキャンプ。場所も定まらないまま、何をやろうというのでしょうか。
こんなのもあってもいいかと、忙しさにまぎれてズルズルときてしまいました。
秋の夕暮れに鍋でもつつきながら、誰にもじゃまされず酒をたらふく飲むのも悪くないし、とにかくのんびりと秋を満喫するのはいいことなのだ。

先日までまだ暑いといいながら、今日なんか結構寒いもんね。こうなりゃビールより日本酒でしょう。車に酒とテントを積み込んでどこでやろうか探す旅もまたいいもんだ。

でもみんなほんとにくるのかな?今回は連絡とってないし。あした出発します。
で、連絡とって見ました。

どうもみんな都合があるらしい。前代未聞です。出発前に一時退却となりました。
こうなりゃ、俺一人でどっかにいってやるもんね。

【2007/10/05 19:31】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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