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すくすく
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メロンの苗もすくすく育っています。

いつしか水道の凍結が解けて、寒いようでもやっぱり春は近づいているんだなと感じる今日この頃。
水の冷たさも少し和らいできたように思えました。

明日はいよいよ渓流釣りの解禁日だけど、いけそうにないナァ。

でも川はまだ凍りついていて、危険極まりない状況。以前釣りに行って氷が割れて川にダイビングした事もあったし。釣り糸だって流せる場所が限られて、魚は氷の下だものね。
明日はおとなしく豆腐の納品とヤンマーの展示会にでも行こうかと思っております。

この春から農機具の部品やらオイルやらが大幅に値上げとか、そういえば醤油も値上げだそうな。
当然大豆もである。どうやら大豆からとうもろこしに転作し始めたのが原因らしい。
いずれにしても原油がらみであることは間違いない。
豆腐業界も値上げだそうな。中国食品の問題とあいまって野菜なども高騰するに違いない。

農業生産者は高く売れるに越したことはないが、燃料機械が高くなれば当然値を上げざるを得ない。
しかし、産直はともかく、一般的に市場を通るということは、価格を決められるということだ。
これは農業離れの原因である。これを何とかせねばと思うが、反面有機農業などのように手間をかけて作ってその分高く売らなければ採算が合わない、収入の少ない消費者は残留農薬を気にしながらも選択肢が限られるとしたらどうだろう。

金持ちだけが安全なものを食える時代であってはいけないのだ。

食の原点は芽が出たばかりのこのちいさな緑の苗から始まるのだ。


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【2008/02/29 21:26】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
演芸会復活
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田代地区で演芸会を復活させようとの相談が来た。
やる気のある人間がいるならやってみるのもいいと、音響で応援することにした。

まあ田代では久しぶりのイベントとなるわけで、楽しくなるも、失敗するもどっちにしても、企画する側としては勉強になるし、今後につながることになる。

田代地区住み良い郷土の会というのがあって、何事もここを通さねばことは進まない。
すんなり賛成してくれればいいが、中々そうは問屋が卸さない。

この地区に限ったことではないが、何かをやるということは大変なことなのだ。
申込はどうする?家にいつもいるのは俺だからということになると事務局みたいな役割になって、いよいよ大変なことになってきたぞと、カレンダーを眺める。

昔と同じことをやってもこれは中々、うまくゆくはずもなく。テレビ以上の面白さがなければ成功しないと思われ。予算も補助なしの0円で企画に入る。
これはお花を当て込むしかないのである。

あと一ヶ月、ぽつぽつ出場の申込は来ているが、果たしてどんな演芸会になるのであろう。

麦の会も今年は60周年で何をやろうかと考え中のようだし。

今年は何かとイベントや舞台づくりに忙しい年になりそうなのである。

昔子供の頃学校の体育館で見た演芸会や歌や踊り、芝居などは楽しかった記憶がある。
子どもやお年寄りにそんな気持ちを持たせてあげることができたらいいなァ。

【2008/02/28 14:55】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ひらめorかれい?
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極楽浄土も地獄と化す大波。

冬の透明な空気と白い岩肌をさらにまぶしく純白に包み込む波しぶき。

羽を休めたウミネコが一斉に飛び立つ。岩に砕ける波音に悠久の時を感じる。

S隊員のお誘いで昨年作ったカラー魚拓の裏打ち講習会に行ってまいりました。
今回は魚拓を和紙に糊付けし、飾れる状態までやるのであるが、朝から大荒れの天気。
田代街道はふぶきで吹きだまりができ大変です。

先生の指導で水を刷毛で塗ります。糊をつけます。延ばします。なかなかいいペースで進みます。
この間の中華料理講習会といい、とにかく学ぶことは多いのだ。どこまで身についているかははなはだ疑問ではあるのだが。
しかし、教えられるとなると、いくつになっても先生に褒めてもらえるのは嬉しいものである。
褒めてもらったわけではないが、そんな気持ちで先生に見られるとドキドキするのである。2008-2-25.jpg


そういえば、豆腐を出しになあどに行ったら結構かに祭りの時の豆腐の反響が大きかったようで、買いに来てくれたお客さまに褒められました。嬉しくてつい調子に乗ってうんちくを語ってしまう俺なのであった。
ついでに「イケメンで豆腐づくりをしているのはもったいない」という。
この年になってどうかと思うのだが、嬉しくないわけでもなく、複雑な心境である。
若い頃ならドキドキしたかも知れないが、これは苦笑いするしかないナァ。

たくさん豆腐を買ってくれて、宣伝してくれるそうだ。そんな気持ちにさせる豆腐がつくれてよかったと思う一日であった。

【2008/02/25 21:01】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
味と色は似てるかも
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なんと成長の早いこと、先日植えたメロンが芽を出しました。
このメロンは昨年発芽率100%でしたから、期待してます。

キーボード叩きながら眠ってます。何しろ豆腐工房は寒くて、冷えきった体に暖かなストーブとモニターはやけに眠りを誘うのであります。

今日は豆腐をつくっていると、わざわざ宮古から豆腐を買いに工房まで足を運んでくれたお客さんがいました。美味しいという話を知り合いから聞いたとかで、なあどに買いに行ってもないので直接きたということでした。

この雪道を来てくれるなんて職人冥利につきるわけですね。
当然面識もないし、名前すら知らないであろう人が、探して来てくれる。
豆腐が呼んだということでしょうか。

有名な豆腐屋さんはそんなお客さんがたくさんいるのであろうと思われ、すごいことですね。

いつしかそんな豆腐職人になってみたいものだと思うのであります。

昨日つくった麻婆豆腐、この際これも使わない手はないか?

大豆を作り、豆腐にし、さらに麻婆豆腐にしてしまおうではないか。
田楽はすでに好評を得ているし、次はこれだな。

それにしても寄せ豆腐は売れなかったネェ。寄せ豆腐がなんなのか、どうやって食べるのか知らないお客さんが多くなったネェ。豆の味も忘れてしまった?いやわからないお客さんも意外に多いのではないかと想像される。

スーパーなどで市販の豆腐は国産大豆の本当の味がしてないんだけど、多分わからないんだよね。ていうかそれがその豆腐の味だからね。
さてそれでは、美味しい豆腐を求めるお客さんはどれを指してそういっているのでしょう。
難しいですね。個人差があるからね。

いま同じ大豆(当然ナンブシロメですけど)で2種類の木綿豆腐をつくっているんですが、お客さんによって好みが違うようです。味と食感が微妙に違うんですが、いつも買ってくれているお客さんはわかるんですね。

どちらも美味しいのですが追求するほどにわけがわからなくなる今日この頃です。
【2008/02/22 18:14】 | 隊長の豆腐道 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
里山のちいさな料理教室
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唐臼の里プロジェクトの中で食にスポットをあてた活動が開始されました。
私の念願でしたからとっても楽しみ。

里山のちいさな料理教室と題して、今回は黒龍江省出身の柿崎咲子さんを講師に中華料理の水餃子と麻婆豆腐に挑戦です。

参加者13名、この地区の人達と、農業改良普及センターや市の農業課の方たちを交えて、いよいよ講習会のスタートです。

先生の指導の下、餃子のあん作りから。中国訛りの日本語で早口に指導する先生とその日本語をさらに通訳する順子さん。それともう一人、今回は山東省出身の鳳霞さんが来てくれました。こちらは本当の通訳できる方です。中国語と日本語の教室をこれから始めるそうです。

先生の声と作業を分担しつくる生徒さん(年齢層は高め?)、厨房はいよいよにぎやかに、なんか中華料理店の厨房をのぞいているような様相を呈してくるのであります。

先生は誰の質問にも気軽に応えてくれます。
この地域でこのような交流が行なわれるというのはなかなかいいのであります。

それにしても生徒さんのしゃべり方が中国の人っぽくなってゆくのはどうしてだろう。

写真は餃子の皮をつくるところ。やっぱり手づくりに勝るものなし。とっても楽しそうであります。どうもこの皮作りはつくるほどにはまるらしい。ちいさなのし棒を使って薄く丸く。
最近この餃子の皮が飛ぶように売れているとか。
このまま生産ラインに乗せようかという話も。

先生、油も醤油も酒も何しろ豪快に使います。買出し担当の順子さん、おろおろしております。先生自前の香辛料八角を油に入れたとたん厨房はいい香りにつつまれます。
日本で市販のもは美味しくないのだとか。
いや、ますます中華料理店の厨房の料理長と弟子みたいな雰囲気がただよってきたぞ。
この熱気はいい。みんな我を忘れて楽しんでいるようだ。

校長先生が顔を出す。楽しそうな生徒さんの様子を見て、「村上さんこれはいいよ」。校長先生感動しておりました。ほんとおもしろいですね、楽しいですね。早く食べたくなってきますね。

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いよいよみんなでいただきます。

美味い、辛い、おなかいっぱい。でも男がもっと参加してもいいのにな。次回にこうご期待。

自らが楽しみ、笑いが生まれ、心がつながる。そして欲望が満たされることで幸福を感ずるのである。食がいかに大切なものであるか。食卓を囲むことにこそ幸せのきっかけがあるような気がする。
【2008/02/21 18:05】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
消費者と生産者のはざま
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いよいよメロンの苗作りが始まる。
この種はなんと一粒が45円もするのである。一個のメロンを売るのにこれからどれだけの手間と時間と経費がかかるであろうか。そんなことを考えたらやれる商売ではないのであるが。

毛がに祭りも終了し、豆腐も売ったが今ひとつというところ。
豆腐や田楽はなかなかいい評価なのだが、寄せ豆腐をメインに考えて出したのがいけなかった。お客さんが寄せ豆腐というものをどうも知らないらしいということがわかった。

どんなものであるか、どうやって食べるのかわからないお客さんが年々増えているように思えるのだ。これはいけないのだ。豆腐の究極の美味さはこの寄せ豆腐にある。朧豆腐ともいう。
多少はうちの豆腐の影響もあってか、豆腐の味の違いをわかってくれるお客さんが買いに来てくれるのだが、やっぱり食べる側も大豆はどうやって作られ、豆腐はどうやってつくったものが美味しいかということを知る必要があり。
産直に出している人などはこだわりぬいて作っているのだから、それをもっと教える必要もあるのだ。

そんなことを考えながらかたづけをしていると、数年前からこの田代で有機栽培を手がけるIさんがやってきた。
私が豆腐をつくるため、収穫した大豆を一粒ずつ選別していることを知り驚いていた。
おからも食材として売っているからそれなりにいいものを使う必要があるからなのだと説明する。にがりだってそうだ。色々なにがりを試し、いま一番美味いと思えるやつを使っているのだ。当然値段も凝固剤の何倍もすることになる。でも美味い豆腐を食べてもらいたいのである。採算を考えると偉く高い値段となるのだが日本人は本当に豆腐がすきなのだと思うと、誰しもが美味い豆腐を食べて欲しいのである。

Iさんがひとつの資料を持ってきてくれた。山形村を訪ねたことから、そこの人達が都市部とどうつながっているのかというひとつの参考例だ。なるほど話を聞いていると興味がわいてくるし、面白い。なぜ体験をしに山形村を訪れる人が多いのかというようなこともわかってくる。
中々貴重な話が聞けるのである。こういう会話の積み重ねはとっても大事だ。やがてはひとつの判断材料になり、この地域にとってのあるべき選択肢の一つにもなり得るからである。

明後日は本場中国の料理教室である、中国の食を知ることは何かを我々にもたらしてくれるかもしれないのである。
【2008/02/19 12:32】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
災難だよな
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明日の毛がに祭り会場となる魚市場。観光協会では準備が進んでいるようです。
この船は化粧直しのため上げられたのでしょうか、出崎の風景です。

明日は私も豆腐で参戦いたします。おまつりは参加してこそ楽しいものです。
なあどでは菅田のイカせんべい焼き体験もあるようです。
もちろん豆腐も焼きます。

今日はなあどで黒森神楽の舞が披露されておりました。やっぱり高齢者の方々には絶大な人気があるようです。神楽御膳とかいう特製弁当を予約した方は特別席にて特典つき、ひとつの舞が40分くらいかかるということらしいがよく覚えるものだと感心する。

しかし、毛ガニにとってはとてつもなく災難が降りかかる日となる。
どれだけの毛がにが犠牲になるのであろう。
まつりに生贄はつきもののようであるが、それにしても毛がにに生まれなくてよかったのだ。

農耕民族は豆腐まつりくらいが相応なのだと思ったりもする。

豆は畑を作れば来年も収穫できるが、毛がにはどうなんだろう。

そういえば鮭まつりというのもあったが、こっちはつかまれて木で頭を殴られていたっけ。これも痛そうである。鮭に生まれなくてよかった。鮭はどの道産卵を終えると死んでしまうし、養殖しているのであるが、それでも生きているのである。

せめてできることは感謝しながら食べることくらい。毛がに神社か供養塔のひとつも立てることも必要か?いやもうすでにあるかも知れない。








【2008/02/16 18:36】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
解散?
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忙しくて写真撮る暇がないので、バッタリー村にもありました。手づくり豆腐工房。

内心、ライバルだなと思いつつ。まあ俺は昔豆腐をつくっているとはうたっていないし、昔の味を再現しようとも思っていない。手をかけて今味わえる最高の豆腐をつくろうと思っているだけなのだ。素材についても製法についてもだ。

豆腐に限らずそれは同じことが言える。

嗜好は変る、当然味覚もだ。昔の味を本気で好んで食する人がどれくらいいるであろう。
昨今のニュースを見れば一目瞭然だ。味を知り尽くしたプロがつくるその味にかなうわけがない。ところがこの素性にこだわるという要素が出てきた。

今日、農協の宮古地区の野菜部会(正式名称ではないと思う)に始めて参加する。
母のピンチヒッターである。豆腐を作り急ぎで向かった。どんな話が出るのかと思いきや、農協再編のため野菜部会はいったん解散と相成った。

何がなんだかわからないまま、懇親会で酒を飲み、親睦を深めることはいいことだ。
どうも最近親睦を深めることばかりしているような気がしてきたが、それでいいのだろうか。

明後日の毛がに祭りにあわせて、なあどで寄せ豆腐の販売を行なう。明日からそれの準備だ。この寄せ豆腐はその場で寄せる。どこでもやっていない企画である。
そんな豆腐も中々食べれるものではないと思われ。これぞほんとの豆腐の味だというところを味わっていただきたいのである。
純粋に大豆の味を堪能していただきたい逸品であるといえる。

素材も最高のものを惜しみなくつかっている。

そういえば私のつくった左馬の彫刻グラスを霊感商法だと指摘する友人がいた。
ちょっとまてよ、豆腐も過大評価すると○○商法にもなりかねないし、安全をうたいすぎるのもそのうち○OOP商法などと呼ばれるかもしれないのだ。

何事もつつましくあるべきなのではないのか。

しかしあえて言うならば、農作物は自らが価格をつけるべきとの、吉田修氏の言葉に同調する。汗水流して金かけてつくったものを他人が評価し競り落とす、もうそんな時代は終わりにしたらいいのだ。農協もどっちの立場に立つのか明確にするべきときがきたのだと感じる。

酔っ払っていると何でも書けるから面白いですね。

ついでに、今回農薬の混入問題で浮き彫りになった点がある。問題にならない適正の使用であるならば誰もが美味しいといって買って食べている事実である。
美味いものは売れるのだ。いや、美味くないものは売れないのだ。たとえ懐かしくても、安全であっても。それをいつも買おうとは思わないであろう。

自給率を上げても美味くなければ中国に負ける。何しろ4千年の歴史があるのだから。



【2008/02/15 22:27】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
意識を育てた村
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我々は今回の目的である市民劇場上演のおらほーるに向かうため、バッタリー村を後にする。

さて、どんな芝居が観れるのか楽しみである。収容人員394人の客席は見たところほぼ満席。
お年寄りから子どもまで住民の関心の高さがうかがわれる。

椅子に腰掛け写真でもと思いきや、ビデオやカメラ、携帯での撮影は禁止の放送。
市民劇場でそんなことするの?もうすでにビデオカメラなどをセットして撮影体勢に入っている人も何人かいる。家族親戚関係の人は写真やビデオ撮りたいだろうに。プロの芝居ならまだしもいいんじゃないの。とちょっと対応にがっかりする。

ストロボをたくなとか、音を出すなくらいでいいんじゃないの?

芝居に集中してみていただきたいのはわかるのだが、これを商売にと考えている人はいないだろうし。逆にプレス関係だろうかやたら近くでシャッター音がうるさい。それはOKなわけだ。
我々の公演でも考えなければならないことだと感ずる。

よって公演の写真は掲載できませんでした。ホール2階のキジの絵が実に素敵でした。

芝居はこむろこうじ氏作、演出 照明・浅沼昌弘氏や、舞台美術・長内努氏、市民劇場とはいえプロの芝居ともいえなくないのだな。

さすがに岩手を代表する皆さんのつくり上げたものだけあって、とにかく目を楽しませてくれる。私は芝居についてよくわからないが面白いものであった。最後にはしっかりとメッセージが添えられていたし。

しかし市民の皆さん広い地域から集まってよくこれだけのものをつくり上げるものだと感心する。(こむろ氏は山田から3時間)その情熱と市民、いやもと村民の活動を支えるその姿勢に文化活動への意識の高さがうかがえる。そしてそれを楽しんでいるのだ。
だからこの村は日本中から注目されたのであろう。そういう意識が根底から育っているのである。

久慈市と合併した今、この山形村の活動が平均化されることなく、独自で成長し続けて欲しいものだと思うのである。
市町村合併が進む中、集落は独立することもまた必要ではないだろうか。
木藤古村長みたいにね。
【2008/02/14 10:26】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
匂いの記憶 バッタリー村にて
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バッタリー村の直売所は本日お休み。

豆腐工房とか色々あるので降りて見ました。そのへんをうろうろしていると、茅葺屋根の民家の方からおじさんが、向こうの方で山の恵み展をやっているからそちらなら入って見れるとの事。

もしかしてこの方が村長の木藤古さんでは?家のあたりをうろついて申し訳ないような気分になる。後でネットを見たらやっぱり村長さんであった。ということはあそこが村長の家ということだ。

ここは観光としての村をうたっているわけではないようである、俺らみたいに家の周りをうろつかれても落ち着かないであろうし、かといって誰もが体験するわけでもないだろう。自分の仕事もあるだろうし、お客さんへの対応はたいへんなんだろうな。

展示会場は入ったとたん懐かしい匂いが漂う。牛小屋の匂いだ。それも子牛が生まれたときのミルクの匂いだ。こんな匂いをかいだのは30年以上も前のことだ、匂いの記憶というものはどんな形で残っているものであろうか。人の名前は忘れることがあってもおそらく匂いの記憶は忘れることはないであろう。それが驚きだ。

たぶん隣接して家畜がいるか、もしくはここがもともとは牛小屋か何かだったのであろう。
展示そのものよりもその匂いのインパクトが強すぎた。私の幼い頃の記憶がそこには残っていたのだ。

何かをやろうとすると視覚でうったえる事が多いのだが、嗅覚にうったえるとは気が付かなかった。村長の意図するところか、はたまた私だけが建物に染み付いたにおいに反応したのか。いずれにしても田舎でしか感ずることのできない感覚なのである。

豆腐田楽の話も聞いてはいたのだが、今回は味覚体験はできなかった。ただ軒先の凍み豆腐がなんとも視覚に訴えかけてくるのである。

【2008/02/13 10:07】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
唐臼も寒かろう
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劇研麦の会の大川原さんと山口さん、麦の会応援係の私の三人は昨日、シートピアなあどに集合し、一路山形町のおらほーるを目指す。

こむろこうじ氏脚本、演出による市民劇場 憑鬼の杜 を観劇するためである。

我々は国道45号線を北上する。意外なことに進むにつれて雪が少なくなってゆく。そういえば今朝駐車場で屋根に雪を積んでいるのはわたしの車だけだった。
沿岸沿いは意外と雪が少ない。これも温暖化の影響なのか。途中飯を食べながら午後12時半頃に山形町に着く。開演までまだ時間があったのでせっかくだから、バッタリー村を見学に行くことにした。

山形町はさすがに雪が深くなる。しかし道路の広いこと、除雪のいいことには驚く。
いや、どこに行っても宮古ほど道路事情の悪い地域はないのである。
ましてや田代など毎日、圧雪、アイスバーンの坂道を通勤しなければいけないのだ。
宮古という地方はバブル期、市政でもたついている間に、完全にタイミングを逃したようである。

そんなことを考えていると大川原さんの運転する車はバッタリー村へと入る。
山形町の荷軽部地区だ。そしてここが創作館とバッタリーである。ここの存在を知ったのは鍛治ヶ沢地区に唐臼を復活させようという話が持ち上がったときである。
ネットで唐臼のことを調べていたら見つけたのだ。以外に身近なところで面白いことをやっている人がいるものだと思い、一度来て見たかったのである。

さすがに唐臼は動いていなかった。この雪と寒さじゃ当然か?とにかく変に飾らず、昔のままのたたずまいそのままに、でも誰もいないなァ。
たぶんみんな観劇に出かけたのだろう。しかし、この時期体験とか遊びにやってくる人はどれだけいるのだろう。聞いてみたいものだ。子供の頃は冬の方が結構楽しかったけどな。

体験は厳しい冬も体験してこそ。ニュースを見ていると冬のとらえ方にも格差があるようだ。
東京の大雪ってどんだけ~。



【2008/02/12 16:45】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
モノトーンの世界
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少し春めいてきたかなと思ったら、またモノトーンの世界へ逆戻り。
この地方はどちらかといえばこれからが春のどか雪に見舞われるわけで、雪かきの重さが腰にくる。

明日はO隊員のお誘いで、久慈市山形町の市山村文化交流センター・おらほーるに行くことになっているのだがこの雪じゃ大変だろうな。

久慈市と合併した旧山形村は今、山形町となり、ここで久慈市民おらほーる劇場なる、市民劇場が上演されるとのこと。やまがたむら村民劇場を引き継いだものらしい。こむろこうじ氏脚本による「憑鬼の杜」(つきのもり)である。

こむろこうじ氏と劇研麦の会との出会いについては詳しいことは私にはわからないのであるが、劇研麦の会に顔を出してくれたことがあったようである。

こむろ氏は自身 R45 演劇街道 なるブログを出していますし、脚本家としてだけではなく多岐にわたる演劇活動をやっているようなのでぜひご覧いただきたい。

最近では市民劇場、町民劇場など地域独自での演劇活動が盛んに行なわれているのであるが、それがその地域にもたらすものはなんなのか、地元住民はどんな風に受け止め、どう感じているのか。今回は芝居のみならず、そんなところも見てきたいものだと思っている。

特に山形村といえば山村留学とか、バッタリー村などの取り組みなど、さまざまな村おこしの取り組みをやってきた地域である。ぜひこれは行かねばなるまい。

それにしても山形町は雪が深いのではないだろうか?


【2008/02/10 10:35】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
遊育の時代
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昨日一通の封筒が送られてきた。
送り主を見るとあぶない探検隊のメンバーからのものであった。
早速封を開けると、一冊の本が入っていた。

そういえばこの春、本を出版するという話を新年会の席で聞いていたのだ。その席で我々の子供の頃のあそびがどういうものであり、今とどう違うのかということを熱く語っていたのを思い出す。

発売は3月15日、全国の有名書店で発売される予定だ。

著者は 細越 健一 氏、私が麦の会の門をくぐったときからの付き合いである。

タイトルは たすけ鬼 子供の頃よく遊んだそれである。

帯には「遊育の時代」と書いてある。遊育は造語なのでしょうか。結構検索すると使われている言葉ようである。子どもは遊びを通して、考え、付き合い、学んで成長し、健全な大人へとなってゆく。子どもの遊びからもう一度見直し、健全な社会をという著者の問いかけと私たち大人にとって、懐かしさとともに今は消え去った風景を思い出させてくれる一冊である。

細越健一氏のプロフィールを少し紹介します。

1947年 岩手県で生まれ小学校から高校までの時代を釜石で過す。
1977年 「たとえ一人になったとしても」で毎日新聞社・第3回郷土提言賞(論文の部)受賞
1980年 劇研麦の会 国際アマチュア演劇祭に出演
1986年 NHK仙台放送 郷土劇場 ラジオドラマの台本制作
      「モモエばさまと座敷わらす」「ぜえごしばい」
1987年 NHK・FMシアター台本
      ドラマ「ぜえごしばい」 エッセイ「散歩」
1989年 会話短編集「思い出冷蔵庫」を自費出版する

発売前に中身を紹介しては具合が悪いでしょうから、それは買ってからのお楽しみということで、むかしテレビやゲーム機がなかった時代の子供たちの遊びが図入りで紹介されており、そういえばそんなこともしたっけと思い出し。よくもここまで思い出せるものだと感心するのである。

本来はガキ大将を中心に伝えられてゆくものであろうがそれが途絶えた今、この本がその手引きであり、細越氏自らがガキ大将なのである。
成長過程で遊びという子どもの文化がなぜ必要であったか、今一度見直すきっかけを与えてくれる本なのである。

以前セミナーでモクモク手づくりファームの吉田 修氏が竹馬をひとつ置くだけで、子ども達は一日夢中になれるのだと話していたことを思い出す。
ゲームだけが好きなわけじゃなく、その環境を大人社会が壊してしまったのではないだろうか。



【2008/02/07 15:49】 | あぶない探検隊一時退却 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
氷の世界
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今年は寒いから岩の間から染み出した水が鍾乳石みたいになっちゃいました。

この時期の田舎では椎茸用のほだ木切り、温床で野菜の苗作り、果樹の剪定作業といろいろ仕事はあるわけで、今日は桃の剪定を見よう見まねでやってみましょう。

それにしても、せっかく伸びた枝を切り落とすのがもったいなくて、なかなかはさみを入れることができない。失敗すりゃ、桃がなんねぇぞ。
将来どんな風に伸ばしてゆくか、その仕立ては難しい。
とにかくやってみるさ、花芽さえ残ってりゃ何とかなるだろう。

桃の場合は葉目がないと次の枝が出てこないそうな。この葉目のところから切るらしいのだが難しいぞ。などと考えていると、いつも私と鍛治ヶ沢唐臼の里プロジェクトの企画を考えている順子さんがやってきた。

うちの婆さん(母ですが)に研修に参加しませんかとのこと。

いつも思うのだが女性の何とかフォーラムとか研修とか女性だけの企画が多いのである。
今の時代になぜ故女性を特別扱いするのか?
こういった企画を考えているのは果たして男か女か。

ちなみに男だけの企画なんてものは、昔あった○○ツアーぐらいのものだろう。

女性を男と差別してはいけない、そしてそれがあたりまえになった今、なぜそんな企画が存在するのであろうか。そういう企画、予算がまかり通ることは全く理解できないことなのである。

いったい差別したいのか、したくないのか。

大体、飯もおかずも俺が作ったほうが美味いのだ。いまや肉体労働だって男より優れた女性はいっぱいいる。

過疎化が進み、限界集落と呼ばれる村が出始めた今、必要なのはともに垣根を取り払い活動することなのだ。これは女性、これは男性、そんなことを言ってられるか?
男だって年取って婆さんにしなれたら、爺さんは川へ洗濯に、爺さんに死なれた婆さんは山へ芝刈りに出かけなきゃなんねぇぞ。

それが生きるということだ。そして生きていることを楽しむことに男と女の違いなどあろうか。

少なくともこの地域の女性は逞しく男女の差など感じていないのである。

おらが水餃子を作ったって、串団子を焼いたって、いいじゃないか。助け合い協力し合いともに生きる集落を実現させるのだ。

しいて言うなら、男の方に手助けが欲しい今日この頃であります。
【2008/02/05 00:02】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田舎の匂い
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食堂の戸を開けると、味噌の焼けた香ばしい匂いが漂う。

田代野外活動センターの食堂の風景だ。スケートに来たお客さんはこの串だんごを買い求める。
このスケート場の名物だ。ひゅーずというシートピアなあどでもおなじみの形、小麦粉で作ったものに特製の味噌タレを塗って焼いたものだ。
味もいいし、腹持ちもいいからスケートにはもってこいというところか。

しかしながら本日で今シーズンのアイススケートは終わりとなる。こんなに寒いのに早すぎると思うのだが、やればやるほど金がかかる現実がそこにはある。
結構お客さんは来て楽しんでいるのだが、その効果をどこに見出すかが難しいところだ。
入場料から見ても採算は考えていないであろうし、来たお客さんの健康とか娯楽度、満足度を金額計算できるわけもない。

そういう施設をなくして、儲かるパチンコ屋さんだけが増えたら、きっと精神的に、健康的に不幸な地域に宮古市はなっていくのだろう。

それにしてもこれ食ったらもう何も食べなくていいのだから、これはちょっと経営としてはまずいのじゃないだろうかと提案する。やっぱりあれも、これも食べていただきたいものね。

子ども達はいいとして、おとなはねェ。メタボリックシンドロームの管理が厳しくなるらしいから。これからは美味いものを少しだけ、それもできるだけ素性に知れた地元のものだよね。

作って焼いているお母さんたちを見ているだけで心は満足してくる。何なら一緒になって自分で焼いちゃえばという感じ。

一緒になって手伝っていると、すっかり脱いだ上着が串焼きだんごの匂いになってしまいました。ついでに久しぶりで最後のスケート楽しんできました。体力ネェ。思いっきり転んで仰向けのままリンクをどこまでも滑っていくのでした。
こんな大胆な転び方するのは俺ぐらいのもんかな。
【2008/02/03 17:21】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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