くじ運の悪いこと
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蝶や蜂が花をわたり、畑を雑草が覆い始める。

愛車のスペースギアの車検期限が間近、大分ガタがきてどうしようか迷った挙句、とりあえずあと2年乗ることにした。しかしどうも車運が悪いようだ。

購入時も決めた後に限定車がすぐ出て、大分お買い得の値段となり、がっかりしたのだ。

そして今回の車検、車検に入れた後、5月1日まで待ってれば重量税が安くなるとの話を聞く。
まあこの件は強行採決となれば、その期待も吹き飛ぶわけだが、みんなささやかな期待とともに、5月1日を待っているらしい。
その件を後で電話して聞いたら、5月1日に車検申請してくれるとのこと。何しろ重量が2トン以上ある車でえらく重量税が高いのだから、日程がずれることを期待する。
5月連休を前に強行採決など全く国民の楽しみまで奪ってしまうのかよ。

そんなある日、4月の26日、27日に車検を申し込むとトイレットペーパーを一年分プレゼントの広告が
送られてきた。なんじゃそりゃ。もっと早く送ってくれよ。
なんと運の悪いことか。これじゃ宝くじも何も当たるわけになァ。

かりに強行採決しても、田代の道路は良くなるわけいないし、燃料は高くなるし、何もいいことに分けで、唯一燃料が安くなることが俺たちにとっては救いなのだ。

先日加工部会の総会でこんな提案をした。田代の道路がトンネルになれば燃料も距離もずっと楽になるのに。でもトンネルなんか今となっては作るはずもなく、それならいっそ自分たちで掘るというのはどうだろうか。

昔、鞭牛和尚が道路開削をしたように、自分たちでトンネルを掘るのだ。
そしたらマスコミも取り上げ、ボランティアがかけつけ、やがて行政も動き出すに違いない。
今の時代そんなことをやろうという人間が少なすぎはしまいか。

ちなみにうちの隣に住んでいるN氏などは自転車で行商しながら、宮古と田代を行き来しているのだ。この坂道が少なければ俺だって自転車で産直やら、飲み会やらに出かけることができるのである。

とりあえずげんのうとスコップとつるはしをもって、掘り始めてみようか。その前に地主と相談する必要もあるが。特定財源なんか田代などには無縁のものだろうし。
国交省の無駄遣いでつるはし何本買えるだろうか。

【2008/04/27 13:43】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
桃の花咲く頃
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恋みらいの花びらを透かして光が柔らかなピンク色を演出する。

7月になると甘酸っぱい実をつける桃の花。

先日行われた鍛治ヶ沢唐臼の里プロジェクト会議で今年の計画がほぼ決まり、みんなで今年一年取り組むこととなった。
酒を飲みながらの会議ではあるが、みんな真剣に意見を交わしあう。
そして目標ができたことにより、物作りの楽しさが出てきたことを感じる。

今年は何を作ろうか、どんなふうにすればいいものが作れるか、直売所ではどんなふうに販売してゆこうか、話は尽きない。

唐臼の製作、図書館の設置、集落の環境整備、青空市、里山の小さな料理教室、など自分たちの生活が楽しくより充実した日々を過ごせるように、そんな思いがこの集落で暮らすことの喜びへ結びついてゆくことを少しずつ感じ始めてきたのである。

だからみんな忙しい忙しいと言いながら、今度こんな野菜作るよとか、きゅうりの苗譲って頂戴、トマトの苗やるよ、ポットに肥料は少ない方がいいよとか、みんな楽しそうなんだよね。
農作業がひと段落したらさなぶりだね。何にも縛られない自由な発想と行動ができる環境だからこそなんだと思うのである。

だから仕事で疲れていても夜中までみんなまじめに楽しめるのである。

今年の秋はみんなで旅行だね。それまでがんばって活動費貯めようね。

それにしても自動販売機に稼いでもらうために、毎週のように電気料を安くするように設定を変えてくれと頼む俺もどうかと思うのだが、快く?販売機の担当の方自販機の設定方法をいろいろ勉強しているようです。たぶん今までそんな注文付けたお客さんいなかったんだろうね。
電気料のメーター見に来る人からは今回は少し安くなっているといいですねと、多くの人とコミュニケーションとりながら、多大なご迷惑かけているようで申し訳ないとも思ったりしております。

まあ何事もその理屈を追及することが大事なのだという風に考えているわけですが。
【2008/04/26 19:29】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
梅と鶯
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梅の花の香りとともに鶯がやってきた。
昨年も一昨年もそして今年もまた同じ季節に鶯がやってきた。

毎日のようにいろいろな鳥が裏山でさえずる。普段何気なく聞いている声なのだが、鶯の時だけは違うのだ。確かに今日が今年初めてだとわかるのである。間違いなく毎年梅の花に合わせてやってくるのである。
梅と鶯の関係は昔から今日までずっとこうっだたに違いない。

梅と桜と桃の花がほとんど同時期に咲き始める。いよいよ花の季節到来、果樹も野菜もこの花が大事だ。マルハナバチや蜜蜂などに頼る場合と人工的に受粉させる場合とがあるが、メロンなどの場合はミツバチによる受粉がいいものができるということらしい。

しかしこの時期、朝晩の冷え込みはミツバチにとってはまだ過酷な時期のようで、そんなに外を飛んではいないし、ハウスに放してもつらいだろうと思われる。
ミツバチになったつもりで受粉作業をやることするか。
それにしても誰が受粉させたかによって、形や味に差が出るものなのだろうか。

子供の出来の良し悪しと同じようなもんだろうか。なぜいいのか行動をよく研究する必要が出てきた。
たとえば花粉を混ぜ合わせたほうがいとか、離れた場所から運んできた花粉がいいとか。
味にかかわるということになれば重大な問題なのだ。

ちなみにトマトなどは花にトマトトーンというものを噴霧してやると結実しやすくなる。

何しろこれからの時期、花が大事なのである。

【2008/04/21 19:29】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
雨子と日和子
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雨があがり、シイタケが大きくなり始めた。
だが、雨上がりの椎茸は大きいのだが水分の量も半端じゃない。絞ると水が滴り落ちるほどだ。

この状態の椎茸を雨子と呼ぶ。逆に天気が良い日に出てきた椎茸は日和子と呼ぶ。

この雨子の状態を乾燥させるというのがなかなか厄介であるのだ。急激に温度をかけるとひだの色が茶色くなる。抑えすぎると色がつかない。乾燥時間もかかりすぎるから灯油の価格が上がっている今はなかなか大変なのだ。

今年はシイタケの価格が大分高いらしい。自給率と同様、国内の消費に対して生産量が少なすぎるのである。この価格もキノコの形と乾燥した状態によって価格差が出てくる。
基本的には厚肉でひだの色がレモンからオレンジの中間色ぐらい?でひだが立っているものがいいとされる。これがなかなか難しいのだ。

宮古地方の椎茸は日本一といわれるが、そんないいキノコを作れる人は限られている。栽培管理から乾燥まで独自のノウハウを持っているわけで、そう簡単にはまねのできるものではない。

今年などはスライスものが高値らしいから、無理せずスライスにした方が手間はかかるが、神経は使わなくて済むかもしれない。乾燥に入ると20時間前後、状況に合わせて温度管理と外気の吸入と排気の管理が必要となる。

うちみたいに旧式の乾燥機だとなおさら、温度計と乾燥状態を見ながらの手作業での管理となる。寝不足の日々を迎えることとなるのだ。

挙句にホダ木は杉林の中、スギの花粉を浴びながらの作業となる。

キノコ作りも職人技だ。

天気に左右されつつ、しばらくはキノコと格闘する日々が続くのである。
【2008/04/20 23:38】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
唐臼は松の木
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山から木を出すためにつけた道路を歩くと花の咲き終えたヤナギが陽ざしに輝いていた。

唐臼の里プロジェクトが動き出してから早一年、直売所はできたが肝心の唐臼がなかなかできない。
そう焦ることもないのだが、今年あたりは少し手をつけようかと、今木を切り出している山を見に行く。

帰りも歩くことを考えると、自転車で行ったほうがよさそうなので行きは押して、帰りは乗って降りてくることにした。押すのはちょっとつらいが、帰りの爽快さは格別だ。

愛犬のレナをお供に、鼻水をすすりながら杉林を通り過ぎる。やがて視界が開けると。この道路は散策路として、遊び場として使えそうだなと考えながらさらに登ってゆく。

やがて木を切っているおじさんに出会う。自転車で行ったことに驚いているようであった。MTBは普通なんだけどな。
唐臼にするような木がないですかね?と尋ねるとなかなか太い木はないという。
いい木があったら切っておいてあげるから、聞いてみてと言ってくれた。戻ってきたらタイミングよく合うことができ、早速木を買ったS氏に唐臼の話をしたらいい木があったら印をつけておけば、切ってついでに運んでくれるという。

なんといい人たちなんだ。これで唐臼も一歩実現に近づいたのである。
明日は今年の計画を検討する会議が予定されている。唐臼に図書館に料理教室に直売所、青空市。これは観光でもグリーンツーリズムでもない。誰のためでもなく自分たちのためなのである。
余暇を楽しもうということでもない。だからいつも仕事は最優先にし、集まりは基本的に夜。

それでも集会所はいつも笑いの渦に包まれ、時間を忘れる。

すべては一つに結びつくことが大事なのだ。それがどこかで途切れることによってコミュニティの崩壊が始まる。かといって助け合うことが最優先かというとそうではない。

結い。このあたりではゆいとりと呼んでいた、また見直そうなどという話も聞くが、これはこれでいろいろとわずらわしさ、数字で捉えられない問題が発生する。
むしろここはきっちり区別しつつ、お互い競争する精神で取り組んでいくことこそが必要であると、そんな風に思うのである。

ただ共有するべきノウハウや技術などは全体の底上げとして必要であるから、会議での情報の提供はやらなければいけないのである。

そんな話を笑いながらできることはまったくもって、楽しいことなのだ。飲んでも歩いて帰れるしね。

鍛治ヶ沢万歳。
【2008/04/19 00:14】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
実践コンパニオンプランツ その5
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雑草です。しいて言うならイヌナズナの花。白いナズナの花よりは遅く咲きます。こちらは食べられないとか。

春、畑一面を覆い尽くし、黄色く染める雑草ですが、とっても好きな花です。

さて、コンパニオンプランツでひとつ問題が発生。予想通りというかなんというか。土壌の殺虫剤、殺菌剤などで種類の違う野菜を混植する際、どちらにも有効な登録された薬がないことがわかってきた。
というよりも、混植じたいあまり行われていないせいかもしれなのだが、コンパニオンプランツで使われる組み合わせは、同じ病名がないということだ。
厳密にはそうとは言えないが、コンパニオンプランツはその相互作用をうまく利用しようということなのであろう。
であるからして、根こぶ線虫を例に挙げると、そのたぐいの殺虫剤はネギには使えないことになる。

これは、ネギに根こぶ線虫がつかないため除外されているものか、安全性に問題があるのかよくわからない。想像ではあるが根こぶ病のないネギをわざわざ登録する必要はなかったのではあるまいか。そうなるとポジティブリスト制度が面倒なことになってくるのだ。

通常使う必要のない野菜に対して、これはこの量であれば安全ですよなどという検査をやるだろうか。おそらくやらないだろう。

コンパニオンプランツが仮に有効であるとするならば、その組み合わせにおいてせめて、使える作物の登録が必要になってくるのである。

連作障害、減農薬、収穫量などについてその効果が立証され始めている今、そしてポジティブリスト制度が始まった今、これにしか使えないもんね、あとはほかにかからないように使ってね。
それでは困るのである。
登録されていないものが入ることで人体や作物に影響及ぼしてはいけないが、検証していないだけだということであっては、中山間地のような多品種少量の栽培地域は頭を抱えてしまうのである。

キャベツとレタス、トマトとニラのコンパニオンプランツ 定植後の様子。

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【2008/04/16 19:24】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
実践コンパニオンプランツ その4
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昨日までは雨模様で杉花粉もさほど感じなかったが、今日はどうも駄目である。
風邪なのかアレルギーなのか鼻水、鼻づまり、おまけに咳がまだおさまらない。

今日はトマトの定植作業を始めた。コンパニオンプランツに否定的な爺さん(父)がトマトは担当なものでグラスの発注を終え、ハウスを見に行くと案の定ニラとの混植を放棄していた。

しょうがないので、一緒になって、定植作業を始める。トマトの苗が大きくなりすぎてどうもニラとのバランスが悪い。
ハウスの脇から大葉ニラを掘り起こし、それも使ってみる。基本的には根が絡み合うように、ニラの根を両側から敷き、その上にポットから出した土ごと苗を乗せ、定植する。

メロンとネギを混植した際、どうも根が離れすぎた感があった。そのせいか、立ち枯れが発生している。本来立ち枯れにも効果があるとのこともどこかのホームページに載っていた。
基本的にメロンは定植後、10パーセント程度は立ち枯れが起きるようで、原因もよくわかってはいないようである。

そんなことを踏まえ、今回は根が絡み合うよう、ニラの根の上に乗せるようにした。
先日譲ってもらったニラは小さすぎて根が届かないのでサイドから絡み合うように植えつける。

ニラの苗作りが遅れてしまったため、今回はこれでしのいで結果を見てみようということで、トマトは一畝と少しが対象となった。この結果がどう結う風に変化してゆくか、これもまた楽しみである。

しかしこんなにニラが増えてしまったらどうしよう。

及川さん曰く、せっかく餃子の講習会もやったことだし、餃子をたくさん作れるとのこと。

それもそうだ、中国餃子も問題あるし、この際純田代産、特製餃子でも売り出そうかな。

【2008/04/15 19:48】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
実践コンパニオンプランツ その3
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カタクリの咲くすぐそばに白くぽつりとたたずむアズマイチゲの花。

花言葉は耐え忍ぶ恋だそうだ。誰がつけたのか、カタクリと同じ場所に咲いていることが多いようである。花の咲く時期も同じである。たぶんどちらの花も同じ人が同じ場所で見つけ、つけた花言葉なのではないかと勝手に想像してしまうのである。

本日は恵みの雨、コンパニオンプランツ第三段、キャベツとレタスの混植です。

毎年のことながらキャベツを畑に植えると、モンシロチョウの餌食となる。
ネットをかけ、それでも寄ってくる蝶をたもで捕まえようと追いかける日々が続く。
そろそろ婆さんも年で蝶にも追いつけなくなってきたし、なんとかいい手段はないものか。ということでレタスとキャベツを混植すると、アオムシ、ヨトウムシ、コナガが忌避されるとのことから、どちらも作っているものだから、早速やってみましょうということになった。

確かにレタスには青虫が付かないことは事実。その効果のほどはいかなるものか。

しかし、キャベツは食べるがレタスは嫌いな青虫君、青虫が嫌いな人間はどちらもサラダで食べているが、レタスを食った青虫はどうなるのか気になるところですね。

レタスとキャベツ似て非なるものでしょうね。

残念ながら雨のため写真は後日。メロンとピーマンは順調に育っておりますよ。

ちなみに私、農薬も化学肥料も否定しておりません。有機栽培に取り組んでいるわけでもありません。草だって木だって植物にはそれぞれ何らかの毒性を持った物もあるわけで、土の細菌だってカビだっていろいろだし、難しい問題だ。
結局誰かが評価したものについて、どうこう言っているだけなのである。
自分自身じゃ実際には何も分かっていないし、調べるすべもないのが現状なのである。

誰かが内部告発して初めて違う肉を食っていたのかということになる。

中毒症状を起こしたり、病院に運ばれたりしたら問題だが、とりあえず安全な規格、基準におさまっていれば、できるだけうまいもの食って生きることが最善であろう。

体のためにサプリメントだけで生きてゆくことは辛すぎるのだ。

耐え忍ぶ恋が健康に害を及ぼすことと同じようなもんでしょう。






【2008/04/14 11:18】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
堅香子の花
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この花を田代では、いやこの鍛治ヶ沢だけかもしれないのであるが、カタカンコと子供のころは言っていた記憶がある。
春は沢の開けたところに遊びに行くと福寿草と並んで目を楽しませてくれた花である。

この花をブログで書くのは3度目となる。

なぜカタカンコなのか今までよく分からずに、この花がカタクリであることは知っていた。

さて、先だって皆川洋一さんの講演の中でこのカタクリから名前をとり云々という話がでた。古くは万葉集の・・・、でカタカゴの会と名付けたという話。詳細は氏の講演を聞いていただくとして、万葉集では、「もののふの 八十乙女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」という歌が読まれているそうだ。

この堅香子がカタカゴ、すなわちカタクリではないかということだ。

大伴家持の歌で現代語に訳せば 

大勢の少女らが入り乱れて水を汲む寺の境内にある井戸。そのほとりにカタクリの花が咲いている。

ということらしいのだが、歌というものはその時の本人の心境や状況が大きく左右されるものだと思われ、それ自体は知る由もないが、カタクリの花が今をもって変っているとは思えないわけで、そのカタクリの姿と少女たちの振る舞いは今をもってして想像しえないことはないのである。

私にとっても、カタクリは子供のころから魅了されてやまない花なのである。

これが編集されたのは7世紀後半から8世紀後半らしいから、このあたりではまだ竪穴式住居もしくはそれに近い生活であっただろうと想像される。(私の想像なので詳しい方はコメントください)

ただ、もしかするとカタカンコ =カタカゴ 言葉自体はそれほど差がなかったのか、もしくは後で伝わったものなのか、いずれにしても万葉の時代から呼ばれていた名前を誰かが伝えたものであろう。
カタカゴよりはカタカンコのほうが何ともこの地方らしくやさしくあたたかく聞こえて来はしまいか。

この花庭先で育つものでもないし、ふと目を向けた道のわきに清楚に立たずむその姿が魅力的なのである。

じきに浄土ヶ浜の遊歩道でも見られるようになるので、脇道に足を向けてみることをお勧めする。

ちなみに花言葉は初恋。どうりでそんな気持ちになるわけだ?

昔は片栗粉の原料だったそうだから、どこにでもあったのかもしれない。今はじゃがいもから作っているけれどね。

片栗の花片栗粉なんて産直で売れそうだなァ。





【2008/04/13 20:50】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
土筆
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土筆の花、というかスギナの花ですね。

このあたりではあまり食べないようですが、旬のものとして皆さん食べているようなので、写真に収めたあとは早速いただくことにしましょう。

塩を少々入れたお湯で色が変るまで、そのあと水にいれ、軽く絞って、フライパンで醤油、砂糖、調味料、などで炒めます。あとはビールと一緒にいただきましょう。
口の中に春が広がります。苦味があるらしいのですが、あまり水で流しすぎたか、くせがなくまろやかな味がいいですね。

ふきのとうもこの時期の旬ですね。これはそのまま天ぷらが最高に美味しいんだとか。
これこそ苦味とかおりがなんともいいですよね。

しかし何食っても風邪をひくときはひくもので、つい最近ひいたばかりでまたひいてしまいました。

ハウスの中と外の温度差がどうも体に良くない。ハウスの管理も大事だが自己管理も大事なのである。
【2008/04/12 12:00】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アカゲラ
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ハウス作物を見回っていると裏山の木立から木を叩く音がする。妙に規則正しいリズムが気になり、その音のする方向に目をやると赤ゲラが忙しげに動き回り、くちばしで木をつついている。

あれだけの音と木に開ける穴を考えると、どれだけ首の筋肉が発達しているのだろうと、余計な興味がわいてくる。脳になんら影響はないものか?どうでもいいことがやたら気になってくるのである。

あちらこちらに花が咲き始め、春の到来を告げる。山の動物達も動き出したようで、夜外に出ると木の葉の上をあちらこちらで歩き回る音がする。草木も動物も昆虫もいよいよ活動に時期を迎える。

庭先のクロッカス、水仙、山間のカタクリの花も蕾みだした。

何かと外での仕事やら遊びやら、楽しい季節がやってきた。

心配なのは水不足、雪も雨も今年は降らないですね。この分だと椎茸もちょっと厳しそうです。
【2008/04/09 09:48】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
実践コンパニオンプランツ その2
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メロンの摘心も終わり、ピーマンの定植です。土壌病害予防に効果があるとされる、ニラとの混植です。
ニラの苗作りが遅れて間に合わなかったため、知り合いの方からゆずっていただきました。

昔から家の周りで栽培されていたこのニラは、スーパーなどで売っている大葉ニラよりは味がいいとのこと、株分けされていないため小さいのですが、根はしっかりしていますから、期待はできます。

効果の程を確かめるため、一畝混植しませんでした。どのような生育を見せてくれるか楽しみなのであります。

「1斗の枡にはどれほど工夫しても、クルミは1斗しか入らないがクルミと粟を混合すると、クルミ1斗と粟1升を入れることができる」という考え方なそうです。

この考え方は私達中山間地域ではとても有効的なことなのである。

見る次元を変え、立体的に物事をとらえることは、面積あたりの労力や収益が変ってくるということなのである。電気や機械の企業などの効率化という手法から見た場合、農業がいかに無駄が多いかということを痛感する。

しかし、いくら説明しても私の親などは理解できないし、理解しようともしない。

百姓はひたすら汗を流すことがあたりまえなのだと思っているのだ。
楽をしようとするとそれは”せっこぎ”ということになる。

せめて、同じハウスで2種類の作物が採れたら、少しは理解してくれるか。

但し、防除の際は注意が必要だ。同じ薬が使えるのかどうかよく確認する必要性がある。

でも、うちの婆さんは定植作業をやりながら、この先の成長が楽しいらしい。
新しいことへ取り組み育ててゆくことで、楽しく、期待やら不安やら抱え、わくわくした気持ちで働くことこそが人間にとって必要なのだ。

【2008/04/08 18:49】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
実践コンパニオンプランツ
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メロンとネギの混植によるコンパニオンプランツの実践。

コンパニオンプランツが科学的に実証され始めている。

長ネギの根に拮抗菌(バークホーデリア・グラジオリー)が生息し、これが抗生物質(ピロールニトルリン)を生産し、連作障害を発生させるつる割病(フザリウム菌)などの土壌病原菌を抑えることが明らかになったとのこと。

病気を抑えつつメロンしか採れなかった畑でネギも収穫できるなんていいことだと思うのですが、結果はいかに。

ようやく一回目の定植作業終了。演芸会を皮切りに総会やら、集会やら、年度末は大変である。

最近では夜は何かしらの集まりで飲んで、パソコンも開かずに、昼は野良仕事でスギ花粉の集中砲火を浴び、アレルギーに苦しむ毎日が続いています。

スギ花粉が落ち着く頃には、このメロンも実がつくのかな?

ネギの匂いのするメロンができるのではと馬鹿な話をする人もいたりして、とりあえず無視して、次はトマトのコンパニオンプランツへと続くのである。
【2008/04/06 13:01】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
菜の花
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ハウスの中で採り遅れた菜っ葉が花を咲かせた。

片付ける暇もなく、そのすぐそばでは野菜の苗が定植を待つ。

でもなんとなくお花畑のようで心地よく目を楽しませてくれる。

2回目に植えたメロンがどうもおかしなあんばいで、原因がわからず、土を取替えポットの植え替えをする。こんなことを書くといかにも農業従事者のようであるがそうではない。
農業委員の方から家族経営協定をすすめられたが、どうも微妙な立場なのである。

家族で農業経営を考えるならば面白い事のようでもあるので、取り組んでみるのもいいかも知れません。家族がみんなで経営に参画し、ルールを決めて農業をやろうということ?のようである。

産直なんかをやりだせばおのずとそういう考え方はできてくるとは思うのだが、それぞれ個々に通帳を持たせ各自が競って儲ければいいことなのであろう。

共同経営もいいが大抵崩壊する。基本的には家庭でも各自が独立して社長になることだと私は思う。
それが本来の対等な資本主義の原点なのだから。

おたがいに技術を共有しつつ、対等に話し合えることこそ面白いのである。
会社のような縦社会は無駄が多すぎてつまらないものである。マトリックスを細分化させると結局は個々が経営者となることにつながるのだ。
そうなれば仕事も楽しくなる。個性などというものは教育で育てるものではない。もともと持っているのだからという話を読んだことがある。みんなで社長になったらそれこそ日本中が個性で満ち溢れた、豊な国になるのではないだろうか。





【2008/04/02 17:18】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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