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二足のわらじ?
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大豆の収穫が最盛期を迎え、タイミングを逃すとこぼれ落ちたり、カビが入ったり、虫に食われたり、そんなことで農作業に追われながら、ガラス彫刻家?でもある私は、11月に結婚を控えた姪の依頼を受け、ウエルカムボードを製作中なのであります。

ガラスの仕事に携わりつつ、あまりガラスの話が少ないので今日はウエルカムボードについて。

最近では結婚披露宴での定番と言われているようですが、この写真のように鏡にウェルカムの文字や名前、写真などを入れて、イーゼルなどにお花とともに飾り、入口でお客様をお迎えするわけであります。

印刷ものなどもよくつかわれていますが、鏡に彫刻したものは高級感というか、何とも素敵に見えるわけであります。で、その後は自宅に飾ることができますし、インテリアとしても、鏡としても使えるわけです。

写真は当工房のお勧めのウェルカムボードで、表からバラの花を四隅に彫刻しております。
バラは多段彫りという手法で、花びらや葉を一枚一枚削りながら、表現してゆきます。
それにより、彫刻された花は、立体的に見えます。実際立体的に絵柄を重ねて彫刻しているので、触ってみても、段差があることがわかります。

マスキングして、削るところだけを露出させて削ってゆきますから、剥がしては削る作業が、花びらや葉っぱの数だけ繰り返されます。とっても根気と集中力が要求されます。

表から彫刻しているので、絵柄は鏡に反射して、白くやわらかく、立体的に映しだされます。

文字などは表側だと反射して二重うつりしますから、裏から彫刻します。裏からだと反射面が削られ、ガラスの状態になります。それにより色を入れたり、カラーのシートを入れることにより、多彩な表現が楽しめます。写真を裏側に置けば表から見えます。

インテリアとしてもこれほど、自分のためだけに作られたものというのはなかなかないのではないでしょうか。

おそらくここまで手間をかけて作られているものはないだろうと、自分では思っているわけで、こんなに手をかけなくても素敵なものはありますが、ガラスも食べ物もこだわりの心、きっとその思いは伝わってゆくのですよ。

ただいま製作中のものは、中の絵柄がこれまた素敵なデザインで、お子様が生まれたら、一緒に写真を入れることができるようになっています。

いろいろな要望にお応えできるというのが、手作りのいいところです。先日作った結婚のお祝いのフォトフレームとペアのカップ、お客さんに大変喜んでいただきました。お見せできないのが残念。

当工房のキャッチフレーズ ”気持ちを伝えたいから Only One” やっぱり世界に一つだけのものって、嬉しいですよね。

現在、サーバー変更にあわせ、ホームページリニューアル中。ご注文フォームが使えない状況です。
メールのみ可能です。当ホームページ アトリ未知の国 から。

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【2008/10/31 19:30】 | ブラスティング・アート | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その28
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劇研麦の会は今年で60周年となるが、40周年の記念誌発刊後の20年間は、まとまった資料がなく、現在記念誌の編集にとりかかっているところである。
そんなわけで、私もその期間携わってきた割には記憶があいまいで、まして何時、何を公演したかなど全くもってわからなくなっている。そこで現在編集やら公演やらの準備に取り掛かっている現会長、田代美津子氏のもとを訪ねた。

今年の公演にあたって、内容も小学生にもわかりやすい昔話であることと、小中学生は入場無料であることから、見に来ていただこうということで案内の作成に追われていた。

私は昨年まで書いた第45回定期公演以降のパンフレットを見せていただき、カメラに収めてきた。
コピーは相当の枚数となるため、写真にしたが読み返すのはなかなか大変だが、少しづつその足跡を振り返って見たいと思う。

昭和60年 林黒土のおかめ を定期公演で取り組む1ヶ月前、会員仲間の多出村宣夫脚本による 海 で第34回の青年大会に出場している。忘れもしない私の初舞台である。
岩手教育会館での大会であった。
そして翌年、同じく会員の木村佐登美脚本の漁師の女房で岩手県青年大会に出場。
第35回の定期公演ではこの脚本と田中茂氏の俺たちの濃霧警報が上演された。

青年大会という登竜門的舞台を目標に、若い世代が自分たちの手で田中茂の後を担ってゆこうとする、新しい劇研麦の会の誕生であった。
そんな若者たちを田代鉄男はあたたかく見守り、演出のバックアップを行った。
田中茂氏は体調がすぐれず、一線からは退いていたが、もう一度という言葉のように、青年大会向に俺たちの濃霧警報を書いたのではなかろうか。
さらに翌年の昭和62年には会員 坂下昇 脚本 雨 で青年大会出場、11月には創立40周年記念として、ミュージカル 船はふたたび が上演される。

劇研麦の会にもミュージカルなるものがあったのである。この作品のもとになっているのが吾市は死んだ、田中茂のを一躍世に知らしめた作品である。
音楽を担当したのが早野友耕、劇研麦の会の数々の名曲が誕生したのである。

私もこの時の舞台にはキャストとして参加しており、振付を現代的にということで、ジャズダンスを元に振付がされた。踊りの苦手な私にとって、人前で踊るなどとてもじゃないが口から心臓が出そう?な状況であった。そして何より最初の踊りのあとすぐ、女の子をからかい、尻を触るシーン。
そんなこと簡単にはできませんよ。
音楽はオーケストラピッドで早野氏率いる楽団の生演奏。
当時は若い世代も多く、20代前半のメンバーだったと思われる。
このときは、記念公演ということで、当時日本アマチュ演劇連盟協議会会長 原千代海氏をはじめ、多くの方に来ていただき、公演終了後、40周年祝賀会が行われたのである。

発足以来40年と云えば聞こえはいいが、考えるとまったく薄氷を踏む思いの歳月であった。然し馬齢40年、いろいろな思い出は尽きない。と田中茂氏は40年の歳月をふりかえる。
【2008/10/28 21:41】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
豆ひき開始
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さていよいよ大豆の収穫が始まりました。

今年は豆ひきと豆うちを一緒にやってしまおうという、何とも効率化のみを考えた作業なのであります。

まず畑の大豆を一本づつ手で引き抜きます。そしたら軽トラックで脱穀機のところまで運んで脱穀します。大きな農場では米同様、コンバインでやってしまう作業ですが、零細農の俺たちはひたすら汗を流すこと、燃料は今やバイオ燃料と呼ばれる米を噛み砕いて燃料にしているのだ。
その分愛情と汗がしみこんだ、いや汗はしみこんでませんが、そんな目に見えない付加価値を付けております。

雑草は伸び放題、全く防除もいせず、やったのは草刈のみ。虫は食ってますが、粒の大きいナンブシロメが実りました。

これから乾燥させて、いよいよ、隊長のこだわり豆腐が新豆で登場します。

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これは昨日の青倉で造っていた寄せ豆腐です。豆腐造りはおばあさんたちが中心にやっていました。まさしく昔ながらの豆腐作りです。しいて言えば燃料がガスに変わっただけ。

豆腐を見るとうんちくをつい語ってしまいたくなるわけですが、AKIさんの食べている寄せ豆腐がうまそうなので、自称豆腐職人?の俺もけげだす豆腐?(って言うのかなぁ)を食べて見ることに。

舌にに自信過剰のわたくし、大抵批評は辛口なので他の事は書けませんが、つくりかたから言うと、昔からこの辺の田舎で造っているやり方です。

絞った豆乳ににがりを加え、さっとかきまぜる。簡単なようだがここがポイント。
詳しいことはあまり書けません。けげだす工房の企業秘密ですからね。

ただ、おばあさんがにがりをお椀ですくって寄せるまでのその様は、昔ばあさんが家で造っていたころを思い出させる。なるほどけげださせるわけだ。

なんともいい香りが辺り一面に漂う。この寄せ方で造ると、しっかりと身のしまった、歯ごたえのある木綿豆腐ができるはずである。しかも凝固した豆腐がぼろぼろと分離せず、ふんわりと寄っている。
この場合箱に入れて水を抜くと、しっかりとつながった、堅めではあるがつるんとした豆腐になるのである。

おれの造る豆腐とは若干違うが、これこそ本当に昔ながらの豆腐である。できれば豆腐を食べるだけじゃなく、ガラス越しに工房の中が見えるようにして、昔ばあさんが造ってくれた豆腐を視覚的にも思い出させてくれるその雰囲気を見てほしいなぁと思うのでありました。

以前においの記憶というのを書いたことがあるが、味覚でも記憶はよみがえるものである。今は亡きばあさんから醤油をかけて食べさせてもらった寄せ豆腐を思い出した。

こうして書いてみると、妙にネーミングがマッチしてくる。今造っているおばあさんたちの技が残っていってほしいものである。

でも今の子供たちはそういう経験少ないんだよな。そういう子供たちに何をけげだしてもらうかが、大きな課題だと思われる。




【2008/10/27 18:40】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
記憶の片隅に
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昨日は大学のオープンキャンパスということで、学生さんに交じって工学部、農学部の研究室をのぞいてきました。
実験設備やら学生さんの説明やら楽しいのなんの、あっちから見たら迷惑なことだとは思うが、こっちにとっては興味津々、電子機器を見るだけでわくわくしてきます。

説明してくれたみなさんありがとうございます。

で、今日はけげだす村工房祭りということで、母が見に行きたいというからついでに研修?

けげだすとは、思い出すとか思い返すとかいうような意味でしょうか。私も昔は使ってました。
司会の方が寄せ豆腐の早食いで、熱くて口から出したのを見て、ほげだすと言ってましたが、これは口に入れたものを出すというような意味で使われます。
似たような言葉ですが前者は物体がありません、後者は物体があるものであり、口から出す場合に限られます。

実際の使用例をあげてみます。

ゆんべはさげぇのんでよっぱらってだったがら、なんずにけぇったがけげだせねぇなぁ。

昨夜は酒を飲んで、酔ってしまって、何時に帰ったのか、思い出すことができないですね。

というような使われ方をします。

次は、ほげだす です。

すいかくったら、たねばほげだせよ、そうでねぇばもうちょうになっつぉ。

西瓜を食べたら、種は口から出しなさいね、飲み込むと盲腸になりますよ。

子供の頃よくこんな風に親から言われたものです。ほんとに虫垂炎になるのでしょうか?

昔は けげだす村=青倉地区、 末前地区、など田代とは密接な関係にありました。
農畜産物の交流や嫁さんが行ったり、来たり、私も小さい頃、道路がまだ山道だったと記憶するが、祖母と七滝から青倉、そして末前まで歩いて行ったことを思い出す。いや、けげだす。

一日がかりだったと記憶する。祖母は末前の生まれで、実家に帰るとき一緒に連れて行ってもらったのだ。小さい頃の私にしてみれば大冒険だ。そんな距離歩いたこともない。

今となっては忘れてしまったが、祖母の昔の話や、その地域の話など聞きながら、山道を上ったり下ったり繰り返した記憶が今でも残っている。

こういったことは死ぬまで決して忘れることのない記憶になるのだ。いつまでもけげだすことができるのだ。だから俺はいまでもこの青倉から末前に抜ける山道のことをけげだす村を聞くたびに、思い出すのだ。

誰かの後を追って、道を小走りに歩く子供のころの記憶は、誰にでもあるものだと思う。それが親父の背中だったり、母の背中だったり。

歩くという行為は目的地に着く以外の何かを残してくれるようだ。

私も子供ができ山を一緒に登ったりもした、果たして子供らに何か残せただろうか。
最も子供の背中を追いかけて登る方が多かった気もするのであるが。








【2008/10/26 20:14】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その27
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公演まであと1か月を切った。
キャストは立ち稽古に入る。

全員での練習はいまのところ、週3回。みんな仕事が終わってから高浜公民館にかけつける。
以前は集まりもバラバラで、世間話で練習が進まないこともあったが、最近では時間どおり集まり、きっちり時間どおり練習を行う。

以前は10時、11時までやることもあったが、最近はきっちり9時半終了。周囲の民家や家庭への配慮などを考えてのことだと思うがその分、休み時間なしで内容の濃い練習が行われている。

演出の南野氏は妥協を許さない。舞台空間をいかに幅広く厚みを持たせるか、そのためにはどう動かなければいけないのか、何度も繰り返し指導する。

アマチュアではあるが彼らもすでにベテランの役者である。しかし尚、芝居としての見せるべき動き、言葉の抑揚、間、を厳しく指摘する。シナリオの中に書かれている本筋をいかに引き出し、観客に伝えられるか、そのためには何が必要か、演出家の頭の中と役者それぞれの解釈の隔たりを近づける作業が続けられる。

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【2008/10/23 17:20】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
亀ヶ森の秋2
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亀ヶ森の一本桜の葉の落ちる様子を写真に収めようと車を走らせた。しかしもうすでに葉は落ち、枝を風が揺らす。周りは今が紅葉の見ごろを迎え、木々の間に差し込む光が色づいた木の葉を輝かせる。

山道を下り、舗装道路の切れた砂利道に差し掛かると、目の前を何やら横切る。

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ヤマカガシだ。昔から田んぼや畑でよく見かける蛇だが今では見かけることも少なくなった。
子供のころは毒がないと聞いていたが、最近では出血毒をもった蛇としてその毒性が知られるようになった。カエルが好物らしいから人里にも多くみられたが、昔は子供たちの攻撃の的になっていた。

最近ではそんな遊びをする子供たちも見かけなくなった。前にも熊の記事で書いたがそういう残酷に見える行為が必ずしも悪影響かどうかというのは単純にははかれない問題である。

なかなか道を譲ってくれないので、少し待って左によけながら通り過ぎる。
さらに道を下ると、私の好きな川の風景にさしかかる。しばし車を止めて、その景色中に身を委ねる。
色づいた木の葉を透かした光と川のせせらぎが体を包み込む。
川面を流れる木の葉が描き出された水面のキャンバスを消してゆく。

昔も今もこれからも誰のためでもなく流れ続けるのである。



【2008/10/22 09:23】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
亀ヶ森の秋
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亀ヶ森木々も赤や黄色に彩られ、牛もそろそろ里に帰る頃。
牛たちも最後の草を食む。

南部牛追い唄にもあるようにこの岩手を象徴する風景なのだが、最近問題とされている地球温暖化の要因、温室効果ガスはCO2(二酸化炭素)が問題視されているが、メタンガスはその21倍もの温室効果をもたらすらしい。

その大きな排出元がこの牛のゲップ。胃の微生物がメタンを発生させるとか。牛肉、牛乳など人間の食生活の欠かせないものとなった牛だが、化石燃料同様、人間が招いた原因でもあるわけだ。

そう考えると地球上に住む人間自身もおおきく関与することになるのでなかろうか。

総人口67億2539万人が屁をしているとするとどれだけのメタンガスを発生させ、温暖化を促進させているのであろうか。
牛肉を食って、屁をするという行為はよろしくないことなのだ。

しかし、牛のげっぷのせいでもなかろうが最近空がちっとも青くない。山の向こうは真っ青な空であってほしいのだ。
【2008/10/20 09:32】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
学習発表会
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亀岳小学校の学習発表会が行われた。

児童数は少ないながらも、元気一杯にやり遂げた。何といっても地域の中心は学校であり、教育の場として、文化、コミュニティの中心的役割を果たしてきた場所であり、これからもそうであるべきところなのだ。

先生が教え、子供たちが学び、親がサポートする。そこに集まることで地域社会が形成されてゆく。
この亀岳小学校も存続が危ぶまれた。いや新築校舎となった今でもこの先どう変わってゆくかわからない。
もうすでに中学校は宮古の学校へと移ってしまった。

学校というものを単に教科書の勉強を教えるところであるとかん違いしていること、予算の都合だけで効率化をしてしまうことに、地域社会、俗にいうコミュニティの崩壊が始まるのである。

学習発表会を見て思うことは、算数がどれほどできたか、国語でどれほど漢字が書けたかではない。
お父さんやお母さんと作った自由研究であったり、いろいろな体験行事であったり、歌や劇で自分を表現することだったりする。

最近、子供たちが集団で登校している。昔では当たり前のことなのだが、そういうことを学校がすすめたことはいいことだと思う。

通学路では畑仕事をしている人にあいさつをする。当然大人からも返される。そういった些細なことの積み重ねが人間を形成してゆくと思われる。そしてどこのうちの子供も地域の中でわが子のように愛され、見守られて成長してゆくのである。

ところが家から道路に出て、スクールバスに乗り込み、学校と家だけの往復であればどうだろう。
基本的に子供たちを相手にしている先生と家族(最近は家族も少ないのが現状)だけという、狭い付き合いとなるのである。

逆にお年寄りにとっても子供たちというのはかけがえのない存在なのである。

そう考えると、小さな地域でも学校の存在する意義は大きなものとなる。

これだけ情報も交通も便利になった今、教育の場は寺子屋でもいいのではないだろうか。
団体生活を体験する交流の時間を設ければいいのである。

問題は質とその役割なのだと思うのである。
【2008/10/19 16:20】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その26
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田代川沿いの紅葉。

明日は亀岳小学校の学習発表会ということで天使の歌声が聞けることを楽しみにしています。

人前で何かをするというのは結構緊張するものですが、人生の中でそういう経験できる場というものは職業にもよるが一般的にはあまり多くはないと思われ、学校での経験は貴重なものになる。

最近ではカラオケなど人前で歌うことがあたりまえになり、そんなこともなくなっては来ているのだろうが、やっぱり舞台の上ともなると緊張するものだ。

私なども何度か劇研麦の会の芝居にキャストとして出たことがあるのだが、緊張とセリフを忘れないこと、間違わないことで頭の中はいっぱいになり、観客に見てもらう芝居など到底できなかったことを今でも思い出す。

さて、60周年を迎えた麦の会であるが、今年の上演作品は田中茂作 山姥かなしや物語 

創作の昔話である。

山姥に村一番のきりょうよしの娘を差し出すように言われた長者、しかし長者の娘小雪と偽り、捨て子だったサトが送り届けられる。

サトは山姥のいえで働き始める。しかしサトが村一番のきりょうよしということに自分が一番だから山姥のところに行くと言い出す小雪。事態はおかしな方向に。

やがて山姥はサトが長者の娘でないことに気づき、村に行く。そこで見た山姥は見違えるようであった。村人はその山姥が昔山姥にさらわれたおろくだと気づき始める。

サトは次第におろくが母ではないかと思い始める。

サトの優しさ、サトを思う村の若者豊年、捨て子のサトを我が子として育ててくれたおんずとげん、わが子を思う赤鼻長者、見栄っ張りな長者の娘小雪、そして恐ろしい山姥の風貌の中に秘めた母の心、この戯曲の中には心に響くメロディーが終始流れているようなそんな作品なのである。

この作品が田中作品の中ではとても異色に感じるのは私だけだろうか。

田中作品にはストーリーの中に非情な部分が少なからず盛り込まれている。しかしながらこの作品には山姥という怖い設定でありながらその背後には子守唄が流れているのである。

今回の公演は親子で楽しんでいただきたいお勧めの作品です。

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演出の南野氏がベテランキャストを使い、どのように仕上げてゆくのか大変興味あるところです。

先日練習にお邪魔したところ、それぞれのセリフ、動きに個性を持たせ、単調な流れにならないように、何度も繰り返し注意していました。この辺は海を題材とした芝居とは違うスタンスで臨んでいることが感じられました。

南野氏は言います。田中茂氏の昔話はよくストリーが練られていて、奥が深い、追求すればするほど面白いのだと。


【2008/10/18 17:13】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
こんなにも違うもんかね
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稲ばせと紅葉、ここ鍛治ヶ沢も深まりゆく秋といった感じでしょうか。

今日は先日譲っていただいた大豆を使って豆腐を少々。

大粒の白目大豆。田代地区よりちょっと山を越えたところで栽培したもので、豆腐が最近売られていないとのご要望にこたえて造りました。

この大豆、粒が大きくてきれいな色。

今までの経験からみて、豆腐の大豆は大粒でなければまず駄目ですね。
寄せたときに細かく砕ける、しっかり凝固しない、苦みがある、豆腐に締まりがない。
などなどいい豆腐とは程遠いものになる。
品種が同じで粒が違えばなおさら顕著にわかるのだ。

歩留まりが悪いから豆腐も小さなものになる。その分大豆も多くしてやらなければいけない。
この辺で昔から栽培している豆は小粒だが歩留まりも良く、美味しいと聞いていた。
しかしどうもそれは間違いではないかと思われるのだ。

ただ、連作の可能性もあるわけで、品種も違えば単にだめだとは言えないのであるが、今のところ大粒のナンブシロメを超える美味い大豆には出会えていない。

岩手以外の豆ではどうなのか試せないのが残念だが、岩手にあって岩手以外の大豆で作るのもどうなのか。うまい豆腐を追及することはそれはそれとして、大豆をしっかり作ることでその美味しさも格段に違うということは今年よくわかった。

それとにがりであるが、これも単に粗製海水塩化マグネシウムが一番おいしいと言う噂についても、どう調理する豆腐か、どういう食感を好みか、熱を加えたときどう変化するか、みな一様ではないのである。それは重要な要素である。なるほど企業秘密にするわけだ。

値段が高い材料ならいいというものではないのだ。

豆腐はとっても奥の深い食べ物なのだ。

さて、そろそろ豆腐チゲなど美味しい季節であるが、豆腐なら何でもいいというものではない。
むしろ鍋を美味しく食べるなら豆腐を吟味することをお勧めする。スープの味が格段に違ってくるはずだ。
【2008/10/17 18:38】 | 隊長の豆腐道 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ショコラのその後
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先日貰われていった親父の娘、ショコラの写真が送られてきました。

すっかり御嬢さんの生活になっちまったらしい。風貌からして場違いのような気がするのだが、シャワーを浴びてちょっと垢ぬけた?写真が右の写真。左は行ったばかりの時の写真。

変われば変わるものだ。ショコラの暮らしぶりはこちらhttp://shocora-t.a-thera.jp/
ブログまで出してもらって幸せすぎねぇか。

ちなみにあと一匹の妹?のほうは昨日親父のもとへ遊びにきた。ちょうど親父は山に行って留守だったのだが、姉のレナに吠えまくられて怖がっているのでありました。
それにしてもずいぶん汚くなっちまったなぁ。

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さて、この子たちにとってどっちが幸せなんだろうか。
どちらにしても愛情をいっぱいに受けて育っていることは間違いないことなのであります。

【2008/10/16 10:57】 | 親父はシェットランド | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
宮古の夜
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閉伊川に映る宮古大橋の光

日本ユビコプターの第3回大会の打ち合わせで、ビールを少々。

迎えの車を待っている間に何もすることもなく、シートピアなあども6時半だというのに真っ暗、カメラが車に積んであることを思い出し、夜景を撮ることにしたのであります。

シートピアなあどの開業5周年イベントはおかげさまで大盛況のうちに終了することができました。
裏方仕事はいろいろと経験していますが、お客さまに支えられ今回も楽しい3日間を過ごさせていただきました。
とりわけユビコプターの競技は大人も子供も楽しそうで、それでいて真剣さが伝わってくる、面白い競技だなと思ったのであります。

簡単でいて奥が深い、だれでも挑戦できる、今後の大会が楽しみです。

今回イベントの経験を参考に更なる企画に挑戦できればと思ったのでありました。

追伸 あの子犬の黒い方、飼い主が見つかりまして、命名 ショコラ 、すっかりお嬢様に変身しておすわりしている姿の写真が送られてきました。 幸せになってください。

【2008/10/13 18:24】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
巣立ちの時
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少しの間にずいぶん成長したなァ。

この子たちが仲良く遊んでいられるのも、明日が最後となるのだ。

そんなことも知らずにじゃれあっている姿を見ているとかわいそうにも思えてくる。
どちらかが貰われてゆくことになったのだ。

かわいいんだけど、これ以上うちにも犬をかっておくわけにもいかないし、どっちのほうを連れてゆくのかな。そんなことを口にするおばあちゃんの表情はちょっと寂しそうです。

この子たちが幸せに暮らせますように。

それにしても親父の馬鹿リュウは罪なやつだ。

さて、いよいよ明日からの3日間、シートピアなあどでは開業5周年の記念イベントが開催されます。
我が出崎産直組合でもお客さんに参加していただける企画を考えております。商品も用意しておりますのでみなさん3日間お楽しみに。

圧巻はおばけカボチャの品評会。通路にずらりと並んだカボチャは見ごたえ十分。
この中からお客様には重量を当ててもらう企画もあります。

このイベントに合わせて、お休みしていました豆腐も出します。よくお客さんから豆腐がないと聞かれますが、収穫までの間、どうにか少しづつは出せそうです。よろしくお願いします。

ちなみに、うちの犬どもも、私の作った豆腐はそのままで喜んで食べます。もっとも、もったいなくてそんなにはあげられませんがね。

【2008/10/10 18:13】 | 親父はシェットランド | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その25
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秋らしく、葡萄を大きくあしらったロングタンブラーです。ブドウの粒を立体感のあるようにブラスティンぐするところが出来上がりの面白さにつながります。

普段さりげな食器棚に置かれているグラスも、ブラスティングアートを施すとあまり派手すぎず、グラスの良さをこわさずに楽しめます。

シートピアなあどで販売しています。ご注文に応じて作製もいたします。

この時期になると、そろそろ麦の季節だなと気にかかる頃。
(麦と言えば宮古のアマチュア演劇集団の劇研麦の会のことである。詳細は過去のブログをご覧ください。)
そんなことを考えていたら、南野氏から今年も効果音の応援要請の電話がはいった。

早速、田代会長宅に効果音のライブラリーを確認するために尋ねた。

今年の劇研麦の会の定期公演は故田中茂作品から「山姥かなしや物語」である。
昨年に続き田中茂氏が書いた、創作の昔話である。

この作品は過去にも何度かこの会で演じられており、私も一度音響効果で参加させていただいている作品だ。

早速、必要な音源をかき集め、練習場へと向かう。練習場は毎年のように、何十年も前からご協力をいただき、利用させてもらっている高浜公民館だ。
麦の会のOBは相当な数になると思うが、それぞれに生涯忘れえぬ思い出と、体験を重ねた場所であるのだ。

戸をあけると床が張り替わっていた。以前の大道具を作った塗料の後もすっかりきれいに変わっている。時の流れに少し寂しさを感じる。

今日は練習を見ながら効果音の打ち合わせと、芝居のイメージをつかみ、それを参考に効果音作りに入ろうと思う。

キャストは長年楽屋で一緒に弁当を食べてきた面々である。当然ベテラン揃い。しかしながら年々メンバーが少なくなってきていることは残念である。
今年は事務局を担当していた大竹氏が突然亡くなり、またひとつ大きな柱を失ってしまった麦の会ではあるが、その悲しみや痛手を背負いつつ芝居にかける熱意は、変わることなく、声が公民館のなかへ大きく響いているのであった。

これから11月16日の定期公演まで過去の歴史を交え劇研麦の会の様子について書いてゆこうと思う。

劇研麦の会は今年で創設60周年を迎えたのである。


【2008/10/09 12:31】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
子犬の写真2
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やっぱ親父に似てるかな?

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【2008/10/05 11:52】 | 親父はシェットランド | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
赤が最後
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トウガラシは緑からやがて赤色に変ってゆき、辛さも増してくる。

シシトウやピーマンもそのままにしておくとやがて赤く色づいてくる。

ピーマンやシシトウは完熟前に食べているということになる。ちなみにパプリカも緑色から徐々に色がつき始める。どの段階で食べても問題はない。

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【2008/10/04 16:36】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
秋色
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秋の日差しを受けて成長する白菜。

日を追うごとに光が横から射し込むから、葉を通して黄緑色の淡く柔らかい光に包まれる白菜なのでした。

そろそろ鍋ものもいい季節だね。

最近大豆が底をついてしまって、豆腐作りを中断していますが、少し分けていただいたりもして、そろそろ始めてもいいかな。大豆の収穫まであと少し、だいぶ色づいてきました。
【2008/10/03 15:59】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
子犬の写真
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親父の娘たちの写真で癒されましょう。

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どんな仕草も可愛いのであります。

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いつまでも一緒に遊んでいたいですね。

【2008/10/02 18:15】 | 親父はシェットランド | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
新しい命
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知らず知らずのうちにできちまってました。

親父の娘たちなのであります。

よそ様のうちにまたしても迷惑をかけてしまっているのである。あまりの可愛さに、手放すこともできず、どうしたものかと困っているのであります。

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それにしても親父に似ているものだ。今まで生まれた中では一番似ているらしい。全く愛嬌たっぷりの子犬たちだ。

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人懐っこくて、帰るときは見送りに途中までついてきてくれるのである。とにかくかわいいのである。

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リュウも歳とって、最近は歩くのもつらそうである。おそらくこれが最後の子供達となるであろう。





【2008/10/01 21:35】 | 親父はシェットランド | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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