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偶然の
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久しぶりに結婚披露宴へ、本当は新郎新婦の写真を載せたいところですが、高砂の席に飾られたお花で。

多くの上司、同僚、親戚、友達に祝福されとってもいい結婚披露宴でした。

私、その数日前から風邪をひきまして、それでもって、飲んだものだから、喉をやられて未だせきが止まらず、休業中なのであります。

披露宴の司会は私の妹がやることになりまして、偶然と言うか、めぐり合わせというか、こんなこともあるもんだと驚いたのであります。

いつもは引き受けていなかった遠くのホテルから依頼を受け、たまたま引き受けたところ、それが私の姪の結婚披露宴会場だった。その日は2件の披露宴があり、ホテル側が指定した方がそれだったのだ。

この新婦は妹が結婚した際に、うちの息子と一緒に花束を贈呈してくれたのである。たぶん6歳かそこらだったと思う。それが20年後このような形で偶然担当することになろうとは、どれだけの確立だろうか。これは担当が決まってからわかったことなのだ。
そんなわけで司会者が感動しまくり、泣きまくり、いやはや。

花束の恩返しが20年後にできたということになる。
この勢いで宝くじ売り場に行けば3億円も夢じゃないかも。
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【2008/11/25 10:56】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
冬が
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突然パラパラと音がしたと思ったら、あられ雪だ。
今日は寒いと思ったら、もう雪だもんな。

畑の野菜もすっぽりと雪におおわれ、これからの半年間はハウス栽培に切り替わる。

なんとか鍛治ヶ沢直売所も一年を通して野菜など出せるようにしたいものだ。
無人直売所としてはほかにないほど多品種のものが出せてきたと思っているが、
部落のみんながそれなりに取り組んできた成果だ。

これから冬になると忙しさも落ち着いてくるし、春から中断している唐臼作りや、炭窯作りなどいよいよ手がけなければ。
唐臼の里プロジェクトは更なるみんなの理想の古里作りを進めなければいけないのだ。

ともあれ、まずはみんなで作戦会議を開かなければいけない。今年の反省と来季の取組み。いわゆる忘年会というやつだな。リラックスしないとなかなか会話が弾まないから、それもいいか。

里山の小さな料理教室もそろそろ中華料理編第2段をやろうと思うし、楽しいことがいっぱいである。
 しかし、これを楽しいと考える人と、煩わしいと考える人がいるわけで、いかに楽しく、それが自分の生活や、心の豊かさにつながるかということをなかなか理解してもらえない場合が多い。特に年配になればなるほど、ひたすら働くことこそが美徳と考えるのである。

とにかく、まずは思いっきり楽しんで、うちとけた中でプロジェクトを進めてゆくことが大事だ。
それを説明してもなかなか理解されないが、いずれ楽しい暮らしが村全体に広がることを創造して、そのためのきっかけを一つ一つ提案してゆくことだ。

まずは、誰のためでもなく、自分たちのために、楽しいことを始めることから。
やがてそれが村の生活や心を豊かにしてゆくこと。
そして村が閉鎖的ではなく、グローバルに開かれた村であること。
その暮らしに安堵を求め人々が集う。
それは観光地やテーマパークとはちがう、人間本来の心の故郷なのだ。

そこに本来の桃源郷が出来上がるのである。そこは見かけではなく、人々が営みの中で生きる楽しさを共有し、平和に暮らす安住の地となるのだ。

最近部落の中で直売所を中心に会話が多くなった。お互いにいやなことも、楽しいことも、意見を出し合えるようになった。これは大きなステップアップだ。人間には話すという大きな手段があるのだから。
【2008/11/19 18:29】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その33
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劇研麦の会の第67回の定期公演の幕が開く。

午前中のリハーサルを終えメイクに向かうキャストの面々。

何十年も舞台に立っているベテランをもってしても、幕前の緊張感は変わらない。
だが役者にとって今回の演技は今までのそれとは違っていた。
それゆえの緊張感が客席から見つめる私にも伝わってくる。

お客さんはどう見てくれるであろうか、そんなことを考えつつ、本番を迎えた。

音響効果についていえば、幕が開く前大きめに音を入れ、フルートはそのあと幕があいたあたりでフェードアウト、その時風の音は静かに残す。
本番でミキシングするというのは緊張感が伴う。しかしそこまでやってみないと結論が出ないというのが麦の会の伝統的やり方のようである。

行ってみれば、本番で編集作業をやっているようなものである。
これが緊張を伴わないわけがない。
指先から足先まで汗ばんでくる。

今回はプロンプも直前になってやめた。だがそれが役者にとっていい緊張感へと変わったようだ。

会場は最後まで静かに、いい意味で芝居に緊張感をとぎらせることなく進んでゆく。

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南野氏はいう、本番になればもう私の手から芝居は離れてゆく。そうなれば私は何一つ手出しできない。それは寂しくもあると。

だから直前まで自分のすべてをそこに注ぎ込むのだと改めて私は感じたのだ。
南野氏とは20年来の付き合いである。その中で空間にある阿吽の呼吸を楽しみつつ演技するその姿を何度も見て、音響との見えない糸のつながりを感じてきた。

しかし今回の芝居の中でそこまで役者が楽しみつつ演技するところまではいっていないように見える。しかし一つの芝居としてまとまりのある方向性は見出されたと感ずるのだ。

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カーテンコールを終え本来ならこれで今年も終わったということになるのだが、今年は少し違っていた。
今さっき、打ち上げの席から帰宅したばかりだが(もう12時を回っている?)
7時間飲みっぱなしで酔った状態の中、変な事を書いている可能性は否定できないので勘弁願いたい。

終始芝居に関する会話なのだ。こんなことは今までなかったことだ。演劇を研究する集団のそれが打ち上げの席でなお、行われているということがこれからの芝居に期待を持たせてくれるのである。

子どもから年配にいたるまで、何かしらの思いを抱かせつつ、ストーリーは展開してゆく。
最後は涙が出てきたというお客さんんも少なくなかったようだ。

それは演出家南野和夫の意図する、それぞれの生き様を多面的に表現し、お客さんのそれぞれのとらえ方でこの芝居を楽しんでもらえばいいという、その演出の成果だと考える。
観客はそれぞれのとらえ方でそれぞれの登場人物に感情移入してゆく。

それは、それぞれが見て、体験してきた人生劇場とどこかしらに重なるものがある、そんな思いで想像し、入り込んでゆくのである。

それは昔話だからとか現代の話だとかそういう問題ではないのだ、設定をどう表現するかに本来の芝居の面白さが見えてくるのだと、教えてくれる。

今も私の心の奥で、「ねんねこせぬ子はよー あの山越えてー こわい山姥さ けでやるぞー 」
という劇中の子守唄がこだまするのである。

本日ご来場いただきました皆様に御礼申し上げます。
これからも劇研麦の会を応援いただきますよう、よろしくお願いいたします。

【2008/11/17 01:13】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その32
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山姥の苦悩、悲しい山姥の物語。

いよいよ、明日午後1時幕が開く。

最後の練習が大ホールに場を移して行われた。

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山姥とおさとの心が揺れ動く。
そこには演出家南野和夫の感性と緻密な計算が表現される。

音響のわずかなタイミングの遅れも許さない、その指導は徹底している。

きっと観客に何かを残してくれる作品に仕上がっている。

昔話を通して現代の希薄ですさんだ心にぬくもりを感じさせてくれるに違いない。

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今回のように徹底した、舞台作りはなかったであろう。

指導するべきことはやった。後は役者がどこまで表現してくれるかだけだと、南野氏は話す。
40年来のベテランをもってして尚、その指導の厳しさは戸惑いとともに、新鮮な息吹を感じさせているように見える。
そこに見出された新しい演劇の形、そこには新生劇研麦の会の姿が見えてくる。

脚本が良ければ時代を問わず、人々の心に響くことを教えてくれるのである。

演劇というものがほんの少しだがわかりかけてきたような気がするのだ。

いよいよ、明日本番を迎える。

多くの皆さんに見ていただきたい作品である。


【2008/11/15 22:34】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その31
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高浜公民館では最後の通し稽古が行われていた。

厳しく、緊張感のある稽古だ。これほどまでに張りつめた空気の中で行われる稽古は今まで見たことがない。

南野氏はセリフと気持ちと動きのアンバランスを一つ一つ修正してゆく。

「もう少し前に」 南野は支持する。しかし、その一歩がなかなか踏み出せないのである。
「気持だよ、気持ち」。何度も同じシーンを繰り返す。

見ている私はなるほどと思うのであるが、いざやってみるとそう動けるものではない。
普段使い慣れた自分の動きというものはそう多くはないのである。

ましてや他人を演ずるわけであるから、なお難しい。

だが、その緻密な動きやセリフが舞台の上に、山姥かなしや物語の空間を作り出すのである。
そこに見えてくるものは、役者の顔や動きなどではなく、物語の中にある、感情である。

この物語を通し、それぞれが感ずる心である。

今最後のすり合わせが行われている。これが一つにつながったとき、どんな芝居を私たちに見せてくれるのか、非常に楽しみである。

あとは、照明と音響効果が舞台美術がその空間をどれだけサポートできるかだ。

練習を見て思ことは、その演出のすごさにある。
以前やった同じ芝居だとは思えないほど、見えてくるものが違うのですから。

公演は明後日 午後1時開場   宮古市民文化会館 大ホール

【2008/11/14 17:17】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その30
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全国大会に道化師たちの雨で出場した劇研麦の会は、演技では賞を逃したものの、脚本賞を坂下昇氏が受賞する。

翌年、田中茂 1回忌を迎え、海の季節が追悼公演として上演された。以前書いたように、これは田中茂がプロ向けに書いた、作品である。

このとき私も三郎の役で登場している。もしかして主役?いや和子役の方が主役だろう。
それにしてもこんな大役、今思えば恥ずかしい話である。

田代鐡男はこの海の季節をこよなく愛していた。
そして田代鐡男演出の最後の作品もまた、この海の季節であった。

劇研麦の会が一躍脚光を浴び、プロの劇団や関係者との交流をもたらした作品だったのだから。思い入れも強かったに違いないのである。

その翌年、海の太鼓が上演される。昨年の定期公演で上演された作品である。

田中茂氏と昔話の作品について話を聞く機会はなかったが、田代鐡男氏や南野和夫氏の田中作品における、創作昔話への思い入れもまたつよい。

昨年、今年と昔話を上演することとなったが、田中作品のそれは、やればやるほど奥の深さを感じると、南野氏はいう。
今回の山姥かなしや物語 は人物設定に多くのあいまいさを感じる。

以前私は、田代鐡男氏と芝居をやるにあたって、人物設定を把握した上で読みに臨んだ方がいいというようなことを話したことがある。その通りだという。しかし当時、時間のすくない中で全員そろうのも大変なのに、そんな悠長なことをみんなでやっている場合じゃなかったようだ。
しかし本来はそうしなければいけないと話されたことがあった。

倉本聰 さんの本で、実際には出てこない人物や過去の設定までやるというようなことを読んだ記憶がある。私もそうだろうと思う。
しかし、昔話ではどうだろうか。

芝居の演出において、あえて背景を最初から作り込まないと南野氏は話す。その方が表現に幅が出るというのである。
私はどうしても結論を急ぎたくなる性格上、脚本の矛盾を追及したくなるが、あえて想像させ、それぞれの判断でこの芝居を見てほしいというのだ。

たとえば登場人物の山姥が、ふた昔前に人身御供にされたおろくではないか。
ところが小雪の身代わりの捨て子のおさと16歳が実は山姥の子ではないか。
ではおさとは誰の子か。

など、つじつまを合わせると首をひねるようなところがでてくる。しかし脚本では明確な答えはないのである。脚本家田中茂があえて含みを持たせて書き上げたものだろうと、南野氏は言う。

こんなことでは素直に泣けないではないか。と思うのだが。それは私なりに解釈して泣けということなのだと理解する。

いずれにしても、作品の裏側には親を思う子の心、子を思う親の心が、しっかりとうたわれているのである。

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公演まであと3日
【2008/11/13 12:21】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その29
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今は亡き田代鐡男氏は最近の麦の会についてこう書いている。

田中の教えは、リアリズム演劇であり、いまの麦の会の演劇は以前と変わらない方向で活動している。ただ、いまの若い人たちに受け入れられない面もあり、加えて最近の運営は、観客の低迷、スタッフ、キャストの人員不足が、活動を妨げている。

戦後の復興期に創設され、田中茂が取り組んだリアリズム演劇は少なからず観る人や演ずる人に勇気や希望を与え、復興の原動力ともなったであろうと思われる。
田中茂から田代鐡男、そして南野和夫へとそのリアリズム演劇は引き継がれた。

ただ、世の中の変化は著しく、映画、テレビへと関心は変わってゆくのである。
そんな低迷してゆく時代背景の中で、劇研麦の会は活動を休止することなく、60年間リアリズム演劇を追求し続けてきたのである。

低迷してゆく中で会長としての田代鐡男の新たな模索が始まる。
会員たちに脚本を手掛けさせ、青年大会へ出場させる一方で、田中茂作品とほかの作品を交互に演出し、公演をこなしてゆくのである。

1988年 会員である坂下昇氏作 道化師たちの雨 を青年大会へ持ってゆくことになる。
演出も坂下昇氏に託され、全国大会を目指すべく奮闘する中、9月14日、病床に伏していた、田中茂氏の訃報がもたらされる。

69歳の秋、リアリズム演劇を追い求め、半世紀にもわたる演劇人生の幕を閉じたのであった。

そして麦の会は、青年演劇部門で全国大会に出場することを墓前で報告することになったのである。

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南野和夫氏は何を表現し、何を伝えようとしているのか。







【2008/11/12 12:20】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あと6日
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劇研麦の会 定期公演まであと6日。

そろそろ本番用の効果音CDを作らねば。

ところで、今回の脚本に譜面が印刷されていて、どれがどの曲なのかよくわからないので、
Studio ftn Score Editor なるソフトを見つけ、使ってみる。

5線に音符を並べるだけで演奏してくれる。これなら俺にもわかるのだ。
シンガーソングライターも夢じゃないかも?



【2008/11/10 19:51】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
鍛治ヶ沢から
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里も色づき、木の葉の舞う季節。

久しぶりに山道を歩くと、鮮やかな赤や黄色に目を奪われる。

カラマツの道を歩くと、カラマツの葉が雪のようにサラサラと音をたてて、道へ降り注ぐ。

秋の匂いは、初夏の強い草木のにおいとは違い、香ばしいような柔らかな匂いになる。

久しぶりにレナと歩く。親父は例によってのらりくらりと、山道の歩きを交わして、ついてこない。

犬と生活していると、一方的に話しかけているわけだが、結構犬も言葉がわかってくるのである。
たぶんだが。

たとえば「いぐぞ」、とか「行くよ」、「あべ」、「こう」などと、いう言葉が「一緒に行きましょう」とか、「私についておいで」という意味であることを認識しているようなのである。

要するに標準語も方言も何らかのニュアンスでわかるのであろうと思われる。

当然、「帰るよ」と「けぇっつぉ」を理解するわけで、たぶん方言が多く残る、田舎の犬ほど、言語の学習能力は優れているかと思うのだ。

さらに、犬に冗談と本気が通じるかということになると、これはいたって難しい。

親父はあの調子の犬であるから、結構私のいたずらを楽しんでくれるのである。わざとたたいたり、蹴飛ばしたり、持ち上げて振り回したり、追いかけたり、それが遊びか本気かよくわかってくれるのである。

ところがレナの場合は怖がって、歯をむき出して怒ったり、唸り声をあげて威嚇したりする。そのうち咬みつかれるだろう。
ところが車に乗せてドライブするときなどはとってもいい犬になるのである。

まあこれは、人間と同じで性格によるところが大きいような気もするのであるが、犬の場合でも気持ちがわかりあうというようなことができてくるのである。
実際は、何を考えているかわからないので、むしろこちらが合わせてもらっているとも限らないわけで、一概には犬の頭の中など想像でしか語れないわけだが。

とにかく、まずは言葉を覚えてもらうことが大事である。

普段あまり使うことのない、車が来たからよけろとか、やばいから逃げろ、などという言葉は、以外にとっさのときはよく出る言葉だ、ところが当の犬たちは何のことかさっぱりわからない。

突然遭遇する危険回避の訓練も、やってておく必要がある。





【2008/11/08 12:33】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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