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お礼の作文 その1
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先日、豆腐造りの見学に来てくれました、亀岳小学校の児童の皆さんからお礼の作文をいただきました。豆腐造りに寄せる思いが子供たちにも伝わったようで、とてもうれしく思います。

そこで頂いた作文を紹介させていただきたいと思います。

作文を紹介することについては先生から了解を得ていますが、名前は伏せさせていただきます。
尚、文を短くするために漢字に直して紹介します。

「楽しかった豆腐作り」

「さあ、行きましょうか。」と鈴木先生が言った時、緊張してどんな所なのかなぁと思いました。
外に出て雪が降っていてびっくりしました。傘を持って出発しました。途中で鈴木先生が道を間違えてびっくりしました。
 
工場に着いたら、村上さんが大豆を機械で潰していたので、機械で潰すんだなあと思いました。豆腐はにがりを入れてかたまってすごいなぁと思いました。

材料は南部シロメだと言うことが分かりました。
村上さんたちの服装は、白い帽子にマスク白くて長いエプロン、長靴をはいていました。

工場の中の様子は、入口に大豆をつぶす機械があり、その隣に、大きな釜がありました。

試食の豆腐はすごく柔らかくて醤油をかけなくてもすごくおいしかったです。

思ったことは、大豆は機械でつぶしてやるんだなぁと思いました。

分かったことは豆腐をどうやってかためたかや材料が分かりました。

勉強になったことは、材料の豆は、田代の豆と宮古の豆を使っていることが勉強になりました。


この日はちょうどこの時間帯に雪が降ってきまして、先生は工房の場所が自宅だとかん違いしていたようで、雪の中を歩いたようです。そんな状況や、豆腐作りの様子、大豆にこだわりを持って、地元の大豆を使っていることなど短い文の中で多くのことが語られています。
子供たちは紙と鉛筆とカメラ、ビデオカメラを使いながら真剣なまなざしで説明を聞いていました。

つづく

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【2009/03/31 11:55】 | 隊長の豆腐道 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
野菜作りによせて4
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ポットで成長したメロンの苗は本葉が展開したところで、いよいよ畑に定植されます。

定植前に堆肥や肥料などで土を作り、水を十分に含ませ、黒いビニールでマルチングを行います。
これは雑草防止や地温の安定、水分の蒸発を防ぐなどの目的があります。
メロンの場合土に直接触れると病気になりやすいということもあり、不可欠です。

メロンと一緒にネギを植えていますが、これは混植と呼ばれ、コンパニオンプランツ(共栄作物)ともいわれています。これはお互いに助け合う相性のいい組み合わせで、これにより病気などを防いでくれる。減農薬に一役買ってくれるし、一粒で二度美味しいみたいな効果だってある。

いろいろな組み合わせ、作用があるのでやってみたい方は本でも買って試してみるといい。

最近はキュウリでもメロンでもトマト、ピーマン、大抵のものは接ぎ木が主流になってきている。
果樹などは以前からそうだ。これは病気に強い台木にうまい品種の穂木を継ぎ合わせて、栽培する方法で、遺伝子組み換えとは違う、昔からの方法である。

この状態から一か月、温度と水の管理を十分にすれば、花が咲きだすはずである。
ここまで1ヶ月半、どれくらいの花と実がなるかはこの時点で決まっているのだ。

【2009/03/30 09:42】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
飲んだら歩け2
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以前紹介した親父の子供。こんなに大きくなりました。

宮園団地から左折した俺は木立で暗い道を進む。ここから峠までずっと上り坂が続く。
足もとがふらつく人や意識が朦朧とする酔っ払いには無理だと思われ、心停止や凍死する恐れすらあるのだ。

坂道を登りだすと外の寒さとは裏腹に体がぽかぽかしてくる。汗ばむほどでもなくちょうどいい。
足元の確認用に携帯電話を持つ手だけが冷たさを感ずる。

いよいよ第一の難関、馬こ舞いに差し掛かる。ここの坂は結構きつく、昔馬をひいて通ると、その坂のきつさで馬がなんぎする、それが踊っているように見えることから、この名がつけられたらしい。
このあたりは最近では埋め立てし、広く農園として利用されている。
静かに通り過ぎるつもりが、案の定土佐犬に感ずかれてしまった。こんな夜中に吠えられてはどうも具合が悪い。柵を越えてこないだろうか不安になりつつ、そそくさとその場をあとにする。

空を見上げると雲の間から、北斗七星が真上に輝いていた。時折雪がフワフワと落ちてくる。
右手の山で突然何かが動く足音がした。驚いて視線を向けても暗闇で何も見えない。
狐か狸もしくはウサギの類だろう。とりあえず熊ではなさそうだ。

この道を歩くことはそんなに苦ではない。夏の刈り払いでも歩くし、子供たちと自転車で通ったりもしているのだ。むしろ車の来ない静かな道路を歩くのはとても心地いいのである。
暗闇を一人で歩くことが怖いわけでもない。釣りでもそうだが、ばったり人に出会ったり、くるまが飛び出してきたりする方がよっぽど怖い。
熊にでも襲われない限り、よっぽど快適なのである。当然私は心霊現象などは信じていないわけで、あるとするならばそれは自分の脳が作りだしたものだと思う方なので、草木の眠る丑三つ時に峠を歩くことに抵抗はなかった。
ちなみに、この峠には死者があの世に行くとき腰かけて休憩する場所なるものも存在しているのであるが、どうとらえるかはそれぞれの考え方次第だ。

途中で一台の車とすれ違う。厳密には追い越された。やがて峠までたどり着いた頃、その車だと思うのだが、またすれ違う。たぶん午前2時ころだと思われる。時々時間を確認しながら歩いているのだが、寝て起きればどこでどの時間だったか忘れてしまっている。
やがて道は下りになり、しばらく歩いて行くと一台の車が後ろからやってきた。
その車は、私を追い越すと少し先のカーブでUターンをした。ライトが一瞬消え何事かと思ったが、やがて走り出しこっちへ向かってくる。送ってくれるならそれでもいいなと思っていると、近くでスピードを落とした。だが送ってくれるというわけではなさそうである。田代の人ならあり得るが、そうではなさそうだ。逆にそんな時は怖さを感ずる。山で足音がする怖さとは別物である。

だがそんな心配はよそにその車は走り去っていった。私の想像だが、さっきすれ違った車が友だちにでも電話して、夜なかに峠を歩いている変な奴がいるから見てこい、などといったのではないだろうか。それで見に来たのだろう。
歩いている方も歩いているほうだが、こんな時間に見に来るなんてよっぽどもの好きなんだろう。
ちょっと危険な気もする。

そうなると警察が来ないとも限らない、道を歩くのに何でそんな心配をしなければいけないのか、なんとも時代の変化にいやな感覚を覚える。そういえば今日のシートベルトだってそうだ。
人が自然に生きること、生活することから逸脱していっているのだ。
私のブログのテーマの一つでもある。
道路をあるかなくなった人間が、歩いている人間を変な視線で見るようになる。そんな視線を気にしつつ歩かなければいけないなんてまったくばかげている。
それにしても舗装道路は股関節やひざにこたえる。若いと思っていたが・・・。

やがて臼杵に近づいてくると明りが見えだした。なぜかほっとする。
携帯電話のLEDライトですらつけるとほっとする。
人間がこの光を操るようになってどれだけの安心感と安全もたらしたか、それは計り知れないことだと思う。暗闇を何時間も歩き、光を見た瞬間、それだけで安心感が大きく体を包み込む。
人間は夜、光にどれだけ支えられて生きていることだろう。

ようやく家までたどり着く。時計は3時半を回っていた。約3時間休むことなく歩きとおし、眠りに就いた。飲んだカロリーを消費するにはちょうどよい運動であった。
これで、宮古で飲んでも歩いて帰れると胸を張って?飲めるのだ。

ただ睡眠時間が3時間減ってしまうのは惜しいことだ。
【2009/03/29 18:58】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
飲んだら歩け
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昨日、改良普及センターからの呼びかけで私たちの生産している野菜の育苗施設を見学してきました。
しっかりと管理された苗はきれいに整列して集荷、定植を待っているのでした。しかしながら内陸も沿岸も雪、大丈夫かな。人の場合三つ子の魂といいますが、野菜もこの育苗の時に花の数などほとんどが決まってしまうようなので、土、温度、養分、光、水、この管理は非常に大切です。

さて、演芸会も終わり打ち上げの酒がまだ余韻を残して、次なるは作戦隊の作戦会議、会議とはいいつつも、いつしかビールのピッチャーやら、さつま白波やら、良からぬ雰囲気が漂い始める作戦会議が進行してゆくのであります。

話し合いの場というのは抑制しつつ議論を交わすことと、ちょっと会場やアルコールで気分を変え、己の抑制を解き放ちつつ進んでゆく会議と、それぞれに一長一短ありますが、どうしても自己主張がっ強くなりすぎる場合があったりする。
そういう場合は忘れてしまうのがセオリーではあるが会議ともなると議事録というものがついてくるわけで、当然報告の義務が生じ、どんなふうに飲んだらいいのか、酔うに酔えない長い夜が過ぎてゆくのであります。

いつしか夜は更け、駅前まで孝之氏と夜中の末広町を歩く。時間は十二時半を過ぎていた。
孝之氏が送っていきますよと携帯電話を取り出す。近くならともかく田代までは申し訳ない、俺も電話して来てもらうなり、何らかの手段を歩きながら考えようと、別れた。

当然のことながら酔っ払い運転は絶対だめだし、挙句に今日の会議に向かう途中で、シートベルトをしてなかったということで捕まってしまったし。いつもしてはいるのだが、走り出してからするか、走り出す前にするかぐらいの違いだ、そんな状況で田代の庭先にきて捕まえるなど、どれだけの意味があるのだろうか?もっと事故や事件の起きそうなところを取り締まってくれよと、心情的にはいいたくなるのだ。法律だから仕方がないが、そんなこともあってか、とにかく家に向かって歩き出したのだ。

今日のことやいろいろ考えながら歩いていると、なんか電話するのも面倒になってきた。
好きな酒を飲んでこうなっているわけだから、たまには歩いて帰ろうかという気持ちになる。いつものことではあるが、実際飲んで帰ったらどれだけで行けるのかやってみようかと、酒は相当入っているから後は体力勝負だ。

宮園団地まで来ると、小雪が落ち始めてきた、しかし街中よりは寒くはない。ずっと登り坂であるからして、適度に暖かいのだ。峠道に左折するとさすがに道が暗くなる。ぼんやりと道路が見える程度だ。これなら歩くに支障はない。動物のうんこを踏まなければさえ問題ないのだ。

幸い携帯電話にLEDライトがついているので何かの時はそれで確認できる。
もうすでに午前1時を回っているが、怖いのはクマと途中に飼われている土佐犬を怒らせないことだけだ。こんな時間に歩いている人間を見たら、車の運転手だって怖いだろうなと思いつつ、俺としても誰とも会いたくないものだと願い、坂道を登るのであった。

続く。
【2009/03/26 10:16】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
田代演芸会
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田代演芸会2009 が一昨日開催された。
自分たちだけで作り上げた、手作りの演芸会である。

復活させ、今年で2年目。
内容、テンポ、ステージともにレベルアップしてきていることはお客さんの視線で感じ取ることができる。

スタッフの間では様々な問題が出てくるわけで、時に口論となる。
しかし、より素晴らしいステージを作ろうとするそれぞれの熱い思いからくることなのだ。

2時間前から来てくれたお年寄りの人達、テレビ中心の娯楽となった今、昔の若かりし頃の思い出と重ね合わせ、今は今で生のステージを楽しむ。
お年寄りにとっても、若い人たちにとっても、普段の生活では味わうことのできない何かがそこにある。いい演技をしてくれた人にはおひねりやお花が直接手渡される。
そんなやり取りもまた微笑ましい光景だ。

やがてステージはクライマックスをむかえる。音響と照明と歌い手が一つになり、みんなの手踊りで3時間余りの演芸会が終了した。

打ち上げでスタッフと演技者の労をねぎらう。
そのうち飲み過ぎて、口論が始まる。楽しく飲みたいんだけど、どうしてもこうなるか。

先週はそんなこんなで、仕事もホッポリ投げてしまったが、今日から頑張ろう。

といいつつ、また酒の席が用意されているのでありました。
【2009/03/24 12:39】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
演芸会
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ポットで本葉が順調に成長するメロンの苗。

今年も忙しい時期とはいえ、楽しむ時間も必要ということで、昨年に続き演芸会を開催します。
当然出場者も観客も地元の人がほとんど、見せる側も見る側もまず自分たちが楽しむことを前提にとりくんでいるわけで、1週間前ともなるといろいろと準備に取り掛からなければならなく、やる以上はいいものを作り上げなければね。

こういうイベントは回を重ねるごとに完成度や面白さが増してゆかないと、大抵飽きられてしまうわけで、継続することだけがいいことではないが、大勢で集まって首をひねっても決していい方向に行くわけでもない。

そんなことでそれぞれの担当責任者が集めて、最終的な詰めをやるわけだが、陰でそういう努力が行われていることは知るはずもなく、簡単にできるのだと勘違いされる場合も少なくない。

だがそうやって打ち合わせ、イベントを作り上げることは、それなりに優越感や達成感といったものを得ることができるからである。それがなかったら誰がやるか、ということになる。
仕事として割り切る場合は別だが。

山登りと同じようなものである。しかし山登りの場合はルートが決まれば自分との戦いだが、大勢で何かをやろうとする場合はルートの選択に紆余曲折する。いっそ任してくれた方が話は早いのだが。

出演者とスタッフの要望をふまえつつ、感動のショーを見せることが今回の音響隊長に任せられた使命なのだ。 どうしても逃げ切れないなァ。ほんとは俺も出たいんだけど。

田代演芸会は3月22日日曜日 亀岳小学校多目的ホール 午後12時開場 1時開演です。
誰が見ても面白いと思われ、他の地域からも観に来ていただけたらよろしいかと。
入場料無料。

大神一氏の歌も聴けます。
【2009/03/16 12:05】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
駆け落ち?
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久しぶりに宮古駅の様子を撮る。最近では写真のように一両編成(一両の場合は編成にはならないか)や多くても二両編成になったJR、そして三陸鉄道北リアス線。

三鉄ではお客様確保のためイベント列車もいろいろ用意されている。忘年会列車の企画に乗っかって、やってみたこともあるが、トンネルが多くてなかなかいい景色は楽しめない、どちらかというと飲むことに余念がないという方が正解か。いずれにしてもそんな楽しみもある。

近年利用が少ないわけだが、この列車で駆け落ちなんてドラマも数多くあったに違いない。
が、駆け落ちといっても今日は我が家の犬たちの話である。

朝、紐をほどいて何処かに消えてしまったのである。問題は禁断の愛というやつだ。
何しろこいつらは親子なのである。犬というのは見境がつかないらしい。
雌犬のフェロモンに誘発されて、気が狂ってしまうのである。

さすがに人の何百倍もの嗅覚をもった犬は何キロか先のフェロモンさえ気づくらしい。

この我が家の雌犬レナは発情期になると始末が悪い。出血が続いたあと、それはやってくる。外に出たがる。そして親父のリュウがその後ろを追いかける。レナは山を歩くことが好きで、この辺の山ならどこでも知っている。そうなると山に親父を連れ出してしまうのだ。
いつでもあることではないのだが、私たちに反対されることを知ってか、逃亡してしまうのである。
それも山奥にだ。
親父は最近足が弱って山なんかには登ろうとしないのだが、このフェロモンというのは恐ろしいもので、どんな所にでもついて行ってしまうパワーを与えてくれるようだ。

※ フェロモンと書いていますが発情期のこれをフェロモンと呼ぶのかどうかよくわかりません。

そういえば、フェロモンを調べていた時、ひょんなことからドクター中松のホームページを見つけた。
最近の発明で少子化対策でラブジェットなる媚薬を紹介していた。フェロモンとは無関係のようであるが、匂いというものはすごいパワーを秘めているものである。
なんでフェロモンを調べていたかというと、リュウに負けじと媚薬を求めていたわけではない。

まだ植えて間もない、これからがという桃の木にコスカシバ(害虫)が入り込んでしまった。
もうすでに2本やられた。恋みらいと白鳳だ。樹皮の間に入り込んで食べてしまうから栄養を運べなくなって枯れてしまうのである。樹皮の中で農薬はほとんど聞かないため、フェロモン剤で雌の居所がわからなくなるようかく乱させるやり方だ。結構使われているやり方だが、狭い範囲で山などが近いと交尾を終えた雌が飛んでくるからあまり効果は期待できないとのことだ。大規模な果樹園などは効果があるのだが。

蛾も犬も同じなのである。どこかに駆け落ちしてしまった犬たちを心配して、うちの爺さんや婆さんは山をあてどなく探しまわったり、食事ものどを通らなくなってしまった。俺なんかはほっとけば何時か帰ってくるのだから、来なければ来なかったで、静かになってそれもいいではないかなどと話しながら夕食を食べていると、外で戸をあけろとレナが叫んだ。
なんだ一日だけの逃避行かよ。

【2009/03/12 21:14】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
野菜作りによせて3
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日々春めいた陽ざしになってきております鍛治ヶ沢です。

3月は年度末であったり、農作業が本格的に始まる時期でもあったり、何かと忙しいのであります。

いよいよ成長を促進させるために、セルトレーからポットへと移植され、畑デビューを待つマルセイユメロン達。寒暖の差が大きいので温度管理は重要で、20℃以下にはならないように注意して育てます。当然土はいいものを使わないと病気になったり、弱ったりします。肥料などを入れてもしんでしまう場合があるので、バランスのいい土を使いましょう。

昨晩は鍛治ヶ沢唐臼の里プロジェクトの総会があり、我々の作った生産物をどのようにして販売しようかという話題もでた。一生懸命手をかけて作ったものをその価値を認めてくれる人に届けたい。
生産をしている人ならだれもが思うことなのだが、特に我々などは、農協をおもな取引先として、それ以外のすべを持っていないのである。

いろいろな先進事例を掲げて、これをやればみたいな、それでその先は?

いいというから始めた、さてできたが誰が売ってくれんのや。それは始めた自分の責任か、はたまたすすめた人の責任か。むづかしい問題である。基本的にはすすめた側の責任は大きいだろうとおもうのだが。

さて、高速道路の料金が引き下げられるということだが、民主の政権になれば無料になる可能性もある。そうなると我々もトラックにとれた作物を積んで、夜でかければ、朝には人口の多い街で売ることも可能になってくる。ガソリン代ぐらいなら何とか採算はとれなくもないのでは。
運送コストも下がる可能性だってあるし。

そんなことを考えつつ、そのためにも信頼されるいいものを作ることが大事なのである。

そして何よりもそれで生活できる適正価格で売れることが大事なのである。

で、今年こそは朝市をやろうという話も決まった。どこでもやっていることなのだが、ここでいざやろうとすると問題も多々あるわけで、まずはやるぞと一歩踏み出すことが大事なのだ。
資金があるわけでもなく誰かに後押しされたわけでもなく、この集落で生きがいのある暮らしを送るために何かやろうよと集まり、一つの小さな直売所と一台の自動販売機からはじめたのである。

こんな小さな活動や考え方がやがてこの地域に理解され波及していってくれるならと思うのである。

【2009/03/08 10:01】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
野菜作りによせて2
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播種より2週間、白く細長いメロンの種が芽を出し、緑の二葉が出る。

成長は目に見えて早く、うかうかしていると次の葉が出てくるから、すぐにでもポットに移植をしなければいけないのである。ここでもきちんとした土を使わないと、成長に支障をきたすこととなる。

成長が早いとはいえ、種の殻がついている葉からそれを取ってあげようなどということをすると、葉先が一緒にちぎれてしまうので自然の成長に任せなければいけないのだ。この最初に出てきた葉は大きくなるわけでもないがこの状態で最後まで残ることになる。
最初の成長段階ではとっても大事な葉なのである。であるからしてこの葉の様子を観察しつつ、この先管理してゆくこととなる。

出てきたばかりの葉の色はとっても目に優しく、生命の息吹みたいなものを感じさせてくれる。

ちなみにこの段階でいろいろな苗を見てみると、どの系統の種類なのかだいたい察しがつく。

アブラナ科の野菜(キャベツ、白菜、大根、ブロッコリーなど)は似たような葉であるし、レタスの種類はキク科ということで確かに菊の葉に似ているのである。当然メロンはキュウリなどによく似ている。

今は温度管理されて成長をしてゆくがあと1ヶ月で畑に定植されることになる。そのとき困らないようにしっかりした苗を作ることが大事なのだ。
【2009/03/03 10:08】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
清流に遊ぶ
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今時期の川は限りなく透明で、そこまでくっきりと見えるのである。
こっちから見えるということは、魚にとっても見えるということで、竿の届く範囲で釣ろうとすれば先に感ずかれることになる。

自家製のイクラを持ってゆくが、これがさっぱりだめで、使い物にならない。作り方が悪かったとみえる。
しょうがなくそれを捨てて、川の石についているヒラタカゲロウを探してみることにした。
この時期の水は冷たくてとてもまだ小さいだろうと思っていたのだが、実際石を起こしてみると結構大きなサイズになっている。これなら餌として申し分ない。

だいたいにして、川の水がさほど冷たさを感じないのだ。これも温暖化の影響なのだろうか。
まだこのあたりには雪も残っているし、雪解け水であることには違いないのだが、川面が凍っているところなどないのだ。まあ豆腐造りで冷たさに慣れたせいもあるのだろうが、妙に冷たさが心地いい。
以前だと鼻水たらして震えていたのだが、全く寒さは感じなかった。
明らかに春の様相なのである。しかし基本的には深みや大きな石のまわり、木下などにいるのが一般的なのだが、もう瀬の中で捕食している可能性が高いと思われた。

餌は申し分ないが一向にあたりが来ない。魚影も見当たらない。いや、向こうが先に感ずいて隠れてしまっているに違いない。

歩けども一向に釣れない、ようやくこのポイントならというところに着く。あえて急な流れのわきを攻めてみることにした。予想通りだ、流してすぐ食いついた。
しかし、柔らかい竿と細い糸で釣るこのやり方は集中力がないとあたりの瞬間がわからないことがある。糸は0.25という細いやつだ、以前はもっと細いものを使っていたが、年とともに糸が自分で見えないのである。魚をだます前に自分がついてゆけないことになってきた。針は返しのない針を使う。
小さいものはリリースするのだが、飲みこんだときや、外す際の魚のダメージを考えると、こいつが一番いいと思える。逃がすことも多いが、そのやり取りがまたいいのである。

以前このブログで釣りのことを書いたら魚の写真がなかったということで信用できないとの話もあったので今回は美しいその姿をご覧いただきたい。

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小型ではあるが正真正銘の山女魚(ヤマメ)なのだ。

ヤマメの瞬間的な引きが何ともいいわけで、この感覚は釣り人を引きつける。

だがそれが災いしてか、道具が進歩しすぎたか、釣り師が増えたか、いまでは放流しない川などないのではないかと思える。そんなことを考えると何とも微妙で複雑な気持ちになってくるのだ。

しかしながら水量は昔ほど多くはないものの、美しくきれいな流れは今でも変わらないのである。
【2009/03/02 20:54】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
清流に遊ぶ
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3月1日といえば、岩手の渓流釣りの解禁日である。

釣り好きの人たちにとってはこの日を半年間待ち望んでいるわけです。

かくいう私も久しぶりに解禁日の釣りに挑戦してまいりました。
何がいいかって?なんでしょうねェ。

まず、釣るための仕掛け作りから始まるわけですが、大物が釣れることを前提に、いかに細い糸で魚に気づかれずに釣ろうかとか、その時の手ごたえとか、様々な思いを巡らしつつ、準備する。
まずこれが楽しいものなのだ。

準備をしつつ、どこへ行こうか決めていざ釣行開始。

以前だったら朝早くでかけたものだが、今ではそこまでする必要もないというか、寒さには勝てなくなったいうか、まあ人が釣った後でもいいかと思うようになった。

息子と一緒に行っていた頃は、自由席の取り合い、パチンコ屋の新装開店みたいな感じでしょうか。

いずれにしても釣る前が最も楽しいひと時なのである。

明日へ続く
【2009/03/01 17:32】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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