野菜作りに寄せて 8
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メロンのコンパニオンプランツ
効果はどれほどかよくわからないが、昔よくあった富山の置き薬みたいなものか。
そういえば最近富山の薬屋さんではなく、色々なメーカーさんが薬を置きに来る。
みんな返事してたらどれほど薬箱が積みあがるのだろう。

効かないわけでもなくやんわりとその効果はあるのだろう。
即効性に関しては農薬の方が効くことは間違いないが、散布しないで済ませられるものならそれに越したことはない。

というわけで、ネギとバジルとレモンバームに囲まれてすくすくと育つメロンであります。

ハウスの中に入るとバジルとレモンバームの芳香が漂う。ようやくミツバチも姿を現すようになった。
このハウスの場合は入口のみ植えてあるので、効果は薄いと思われる。
アブラムシが少々ついたが昨年のような範囲での広がりはなく一度の防除でおさまっている。
何よりもネギやハーブに守られているような安心感があるのだ。
ただ、どうしても葉が生い茂る自這いメロンの場合、花のしおれがかびてしまい、枝葉や果実を腐らせてしまうことになる。
このカビの菌に対する対策が必要となるが何かいい植物はないものか。

さて混植のメリットだが害虫忌避効果と土壌病害菌を抑える効果、そしてどれも様々な利用ができるということだ。
ネギはそのまま食べればいい。メロンの収穫のころはもうすでに大きくかたくなっているので、べつのところに植えかえたりして食べれるのである。

バジルは料理やドレッシングなどの材料として利用できる。
そしてレモンバームはお茶や入浴剤、料理の付け合わせなど様々な使い道があるのだ。

レモンバーム(別名メリッサ)和名西洋山薄荷の効能について少々。
この花をミツバチが好むらしい。

薬効は鎮静作用、鎮痛作用、健胃作用、強壮作用、解熱作用、解毒作用、消化促進、抗うつ作用、抗菌作用、駆風作用、血圧降下作用、発汗作用 など
・ 高血圧、頭痛、ストレスの緩和に作用
・ 脳の活性化や若返りに効果がある
・ レモンに似た爽やかな香りでイライラを解消
・ ロズマリン酸が花粉症の症状を抑える
このハーブティーを飲んでいると長生きするそうです。

確かにこのレモンバームティー、冷やしておくとレモンの香りとハッカのさわやかなのど越しが暑さと疲れを癒してくれます。後味もすっきりしジュースやコーヒーよりは水分補給としても持ってこい。
これで健康で長生きできるとくればやめられませんね。
ほっておくと雑草化しそうですがどうせ他の雑草が出てくるのだからこっちの方がまだいいか。

レモンの香りに包まれて幸せな気分になってしまうのであります。

でもマイマイガに食われてしまうのは許せねぇ。

来年は受粉作業も大変のでミツバチを飼って、ついでにレモンバームの蜂蜜を作るぞ。
これは長寿の蜂蜜として高価に売れる予感が。こうご期待。




【2009/06/30 07:47】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ファーに見えなくもない?
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今日の宮古は気温31度、突然の暑さは野菜じゃなくてもしおれてしまいます。

昨日まで気づなかったハウスの近くに咲いたホタルブクロの花。たぶん今日咲いたのであろうと思われる。夕暮れの薄明かりの中でぼんやりと白く咲いていた。

最近カシワマイマイとマイマイガが大きくなっていろんなところに侵入してくる。もうそろそろ蛹になろうかというところのようだ。このあたりじゃ少しぐらい抵抗しても意味ないことなので、とりあえず構わんことにしているが、ハウスの中はこの侵入虫で踏みつぶさないように歩くのが結構大変だったりする。
でもそれはそれで良いとして、今ちょうど桃の袋かけの時期であるからこれが大変。

当然桃の木にもたくさんのマイマイガがついているわけだが、それほど今時期は食い荒らすわけでもない。ところが葉についた奴は木を動かしたりすると落ちてくる。当然下から袋かけをやるわけだから体に落ちてくるのであるが、この暑さだからTシャツ1枚、かぶれたこともないから大丈夫だし、などと作業を始めると、やがてこいつが首のところにやってくる。
最初は首い落ちているものだとばかり思っていたがそうではない。奴らは上に登る習性があるようだ。ということは体についたブランコケムシ(別名)は必ず首を通過するのである。
これが何するわけでもなくほっとけばいいのだが、くすぐったいやら、かゆいような気がするやら、気持ち悪いのである。

くすぐったくて手をやると柔らかい毛皮に触ってしまう。こいつを手ではねのける。ちょっと間違うと背中に落ちてしまうので間髪いれず払い落さなければいけない。
袋をかけたら首から払いのける。これを繰り返すことになるのだ。日焼けでかゆいのか、こいつのせいでかゆいのか、わけがわからなくなってくる。
でも触ると結構柔らかいのでつなぎ合わせたら、いい毛皮の襟巻などできそうなのだが。

そんなことをやっているうちにズボンの中でも何やらくすぐったい。
こんな時は困ってしまうわけで、道路からも近所からも見える桃の木の下で昼間っからズボンを脱いでいる奴がいるぞ、暑さでおかしくなったのではないかと警察に通報されようものなら、思わずブランコケムシ~ッと大声で叫んでしまうに違いないのだ。
こんなことで家宅捜索されようものなら恥ずかしくてこの村にいられねぇべ。

でもこいつのズボンの中への侵入は耐えがたく、やっぱり刺されないように慎重に、素早くズボンを下ろすしかない。パンツまで侵入される前に排除しなければ、ますます変態呼ばわりされるではないか。となりの婆さんに見られないように気を配りつつ、太陽の下でズボンを下ろすのであった。

やっぱり入っていたか。ほっとしたような、気持ちの悪いような。

ちなみに首ばかりを気にしているととんでもないことになる。
ひじの反対側に同時に来る場合がある。首に手をやろうとひじを曲げると、腕の間に奴が挟まってしまうのである。このときはさすがに奴も覚悟を決めたかのように刺しにかかる。注射を打たれたかのようにチクッとする。大事には至らないが、電気を触ってその反動で手をぶつけるそれのようなシャレにならん話である。

こいつで何かひともうけできるうまい話はないものか。
【2009/06/25 20:07】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
昭和の時を刻む
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久しぶりにからりと晴れた鍛治ヶ沢から。
メロンのハウスに入るとレモンバームの香りが漂いいい気分にひたりつつ、やっぱり腰を曲げての作業はつらいのである。

さて先日、亀岳小学校の児童と先生方の豆腐づくり体験がおこなわれました。
もちろん講師は私、隊長とその母であります。
最近はガラス彫刻の体験から、豆腐づくりの体験へとウエイトが変わってきているが、それもありだ。
とにかく楽しい、美味しい、その中でそれぞれが色々なことを感じ、記憶にとどめてもらえればそれでいいのだ。そう、田代のはこんな美味いものがあるんだぞ、私たちだって作れるんだぞ。

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それでいいのだ。

チョウセンアカシジミの観察では有名ですが、亀岳小学校の児童のみなさん、最近色々と地元学を実践されているようです。それもひとえに指導いただく先生方のその考え方にあるのだと思いますが、中学校も統合され宮古に通っている今、小学校生活の6年間でどれだけ地元のことを学べるか、それが将来故郷を誇りに思い、田代を愛せるかどうか、そこでどれだけ楽しい生活が送れるかなわけで、小学生がそこまで考えることもないわけですが、そういう体験は決して忘れるものではないのである。

素晴らしい先生方である。 合理化がすべてではないことを必ず知る時が来るのである。

話は変わるが、先日学校よりいただき、取り付けた直売所の時計なのだが、どうも時間があっていないとのこと。早速外して電池を新しいものと取り換えた。
電池がなくて遅れたのだろうからと、それで戻した。ところがだ、翌日確認したらどうも時間がずれている。それも一時間近くもだ。
どういうことだろう、よく見ると遅れているのではなさそうである。進んでいるのである。

この時計のラベルを見ると昭和57年3月に使われ始めたもののようだ。西暦1982年ということになる。
27年前のものだ。
500円硬貨がこの四月に発行された。
大宮、盛岡間の新幹線が開通。
フィリップスがCDを発売。
笑っていいとも放送開始。
鈴木善幸さんが首相退陣、中曽根内閣発足。
などなど大きな出来事があったのだ。おそらくはこの時計は当時の時間で動いているに違いないのだ。

時というものは実際には速かったり、遅かったりするものなのである。実際生きていて時間が同じだなどと感じたことは一度もないはずだ。それをあえて統一された時間にはめようとすることがおかしいのである。時計とて同じこと、当時は時計は早く動かなくてはいけなかったのである。
何しろ新幹線に負けるわけにはいかないのだから。
授業を受けていた学生たちもこの時計を見ながら早く進め、進めと念じていたに違いないから、気の毒な時計でもあったわけだ。

そんなことを考えているうちに、ばらして直そうかとも思ったが、この時計はこれでいいのではないか、いろんな時を刻む時計があってもおかしくないのではないか。
そう思うようになってきたのである。
そう、この時計は昭和57年前の授業時間を今刻んでいるのである。タイムスリップした感もあるが、そういうことなのだ。これでいいのだ。

考えてみればこの時計で遅刻だとか、乗り遅れるだとかここでは考える必要のない時計なのだ。
ここにいて、今ここで時が動いていればいいことなのだ。それが遅いか、早いか、それは人によって違うし、この時計で何かをしようという時計ではなく、この鍛治ヶ沢で今ここで時を刻んでいることが実感できればいい時計なのだ。それが何時でもいい。ここに動いている命があることが確認できればいいことなのである。

そしたらここで、立ち止まってコーヒーでも飲みながら、風を感じ、季節を感じ、思い思いの時を感じればいいのである。そのうち時計に合わせて、唐臼のつく音が聞こえてくるはずである。

別役実作 ジョバンニの父への旅 をふと思い出した。宮沢賢治の銀河鉄道の夜を別役氏が解釈し書いた戯曲である。 

時という概念は面白いのである。



【2009/06/24 23:20】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
朝市のにぎわい
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アザミの花は地域によって固有の品種があるようです。6月に咲くアザミと8月頃咲くものとがこの辺りでは見かけるがはたして同じ品種なのかどうか、とにかくこの紫色に思わず足を止めてしまうのである。

さて、先日のことメロンハウスで受粉作業中電話が入った。
今から久慈の朝市を見に行くので行きましょうとの電話であった。

急いで着替えをすませ、カメラを片手に田老の待ち合わせ場所に向かう。
久慈まで1時間半くらいの道のり、K氏の車に乗り込みやませにすっぽりと包まれた国道45号線を北上する。

市の日は毎月3と8の付く日だそうで、今日は18日、昼までやっているということなので余裕で大丈夫そうだ。久慈に到着し早速、市を見学する。

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道を挟んで両側に40店舗くらいのテントが立ち並び、野菜、果物、苗物、魚、金物などを対面販売している。意外だったのは定価をつけていない店が多いこと。
あえてそうしているのだとか、買う方にとって不安はあるけれど、それもスーパーなどの戦略に洗脳されているだけなのかも知れない。慣れてしまえば意外に安く買えたり、面白いかも。

平日で霧雨の状況にも関わらず結構お客さんが多いのに驚く。でもこれで以前よりお客さんが減ってしまっているとのこと。数名で売っている店もあったり、おばあちゃんが一人で座って売っている店もあったり、宮古では忘れ去られた何かがこの市にはあるのだ。

この市は歴史ある市のようでずっと続いているそうだ。道路の事情などで場所を変えながら昔ながらのスタイルで市を開いている。
宮古では魚菜市場というところで座って売っているところもあるが、路上での市はない。
久慈の人たちはそのことに驚く。宮古にはないの?

何しろ色々と話ができることがいい。聞けば答えてくれる。売り物の話ではなくてもだ。
学校などと同じようにコミュニティーを形成する上で重要な役割を担ってきたに違いない。
それが今もこうして行われていることに感動する。

近年できた法律やら決まり事、予算などを理由に行政主導でこのような地域社会のあるべき姿が消されることのないように願いたいものだ。

お年寄りが魚やら野菜を売っている姿は、高齢化でも何でもない本来あるべき姿なのだ。
買う側も、いいものと悪いものの判断くらい自分でつけれるよう、こういうところで話をしながら身につけるべきで、表示なんかに頼るから変な方向に話がそれるのである。
食ってみて悪けりゃ次は買わなきゃいい、出す側も死活問題だ、当然、面と向かって売っているわけだ。それが信頼にもつながる。

表示だ、期限だ、資格だ、許可だそんなことは、美味いもん、いいもんとは関係ない話で、保険みたいなもんだろう。結局もうけんのは保険会社、的なことなのだ。

こんなところで美味いもの、新鮮なもの、安いものを見つけ出すのは楽しいのである。そしてばあちゃんに小遣いが入ればなおさらだ。

次回は体験教室と遅れる時計のお話。



【2009/06/22 15:02】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
朝市
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来年度分の豆腐用大豆の播種作業も一段落し畑からの帰り道、桑の実が赤く色づいていた。
食べごろまではもう少し、これが黒くなれば甘くておいしい実となるのである。

調べてみると、カルシウムではりんごの13倍、鉄は15倍、カリウムは2倍、ビタミンCは10倍
ついでに100g中の成分を
カルシウム     39.6mg
鉄         1.59mg
カリウム       234mg
マグネシウム    19.7mg
亜鉛        1.39ppm
ビタミンB1     0.04mg
ビタミンB2     0.05mg
ビタミンB6     74μg
ビタミンC      33mg
桑の実にはアントシアニンを多く含み、眼精疲労に有効であり、老化防止、高血圧予防、免疫力の向上などの効果があるらしい。

甘い食いもんなどなかった時代、この時期になると弁当箱を持って桑の実を採りにった事を思い出す。
赤とんぼの歌にもこんな詩が出てくる。      山の畑の桑の実をこかごに摘んだはまぼろしか

私の子供のころは養蚕が盛んで、桑の木がどこにでもあった。今でも残っている所もあるが、食べている人など見たこともない。私ぐらいのものだろう。
本当に幻になってしまったのである。

桑は葉っぱもてんぷらにしてよく食べた。葉も体にいい食べ物らしい。
私たちが子供のころは、知らず知らずのうちに色々な体に必要なものを食べていたんだということが分かってくる。今ではテレビなどで取り上げて飛びつくことが多く、サプリメントに頼るなど、何かがくるっているように思えてくるのである。

これからはもっと今のいいところと、昔のよかったところを見直しつつ、自分たちの環境を自分たちの手でより良くしてゆくことが必要なんだと思われる。

桑の実を食べていると虫も一緒に食べることがあるので注意しましょう。

昔の良さを思い出したところで、今日見学に行って来た久慈の朝市のことを書こうと思ったのですが桑の実の話が長くなったので後日。

【2009/06/18 19:12】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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ジャガイモの花って紫色だとばかり思っていたが、今年の芋は白い花です。

大豆とおんなじで品種によって咲く花の色も違うようだ。

これは馬鈴薯の中のとうやという品種。ジャガイモは駅馬の鈴に似ていることから馬鈴薯と呼ばれるようになったらしい。
ちなみにサツマイモのことは甘薯というわけだがサツマイモを探していたら見つからず甘薯と書いてあるなんてことがよく合って、めんどくさいね。

とうやという品種は形が丸くて機械で皮をむくのに適しているそうだ。
肉質はやや粉質で舌ざわりは極めて滑らか、ビタミンCは男爵より多い。 煮物、サラダに向く。
ということで収穫が楽しみである。

肥料が過ぎたか茎葉が旺盛でテントウムシが食いつくせないほど。テントウムシといってもナナホシテントウはアブラムシなどの害虫を食べてくれるが、このテントウムシダマシと呼ばれる奴は野菜を食っちまうとんでもないやつなのだ。ニジュウヤホシテントウというのが正式名。
先日近所のお母さんが芋畑でこいつを300匹捕まえたと言っていたが迷惑な昆虫である。
【2009/06/16 19:18】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ニッコウキスゲの道
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最近裏山を歩く時間も取れなくて庭先の写真ばかりでしたが、久しぶりに犬どもを引き連れ山道を歩く。たぶんそろそろニッコウキスゲが咲くころだったなァと思いながら歩いてゆくと、いつの間にか道の周りの木々も大きくなり、緑の葉につつまれたトンネルとなっていた。

相変わらず親父のリュウはのらりくらりと坂道を登る気もなく、時間を稼いでいる。やがて奴は見えなくなった。レナと上って行くとちょうど見頃となったニッコウキスゲが道沿いにオレンジ色の花を咲かせていた。呼吸を整えシャッターを切る。遠くでレナの吠える声が聞こえてくる。何事かとその声の方に向かって行く。

犬と長年付き合っていると、泣き声でどういう状況かということが大抵わかるようになってくる。この鳴き方だとおそらく木の上にいるリスでも見つけたのだろう。こういう場合は1回ずつ長い間隔で鳴く。

身内の人の場合とお客さん、そして近所のJ子さん、それぞれに鳴き方が違う。さらに対象が猫か、狸か、カモシカかでも違う。

ということで、声のするところまで行ってみると木の上を、リスが歩いていた。カメラに収めようと思うがなかなか動きが素早く、隠れてしまって写すことはできない。

いつもの場所までついて鍛治ヶ沢の風景を収めた。

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何ヶ月振りだろう。村は深緑に覆われ、撮影場所の周りの木々も生長し視界が狭くなっている。
あと何年かするとここから村も見えなくなるのだろうと、切られた山の再生の早さに驚く。
こういう山間の地では昔からずっとこうやって繰り返してきたのである。山がなくなることも木々がなくなることもなく、享受されてきたのである。

本来の命のあり方とはこういうものであろうと思うのだ。人間のエゴで開発という名のもとに切り刻めば二度とこのサイクルは繰り返すことなどできなくなるのである。自然の変化を楽しむ方がよっぽど面白いことなのだと気づかされるのである。

【2009/06/15 19:22】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
野菜作りに寄せて 7
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ゆっくりと時間をかけて大きくなるメロン。播種から4カ月何とかメロンらしくなってきました。

本来なら同じようなメロンがそこらじゅうゴロゴロしているはずだったのだが、霜にやられ、生育が大きくばらついたため、花が思うようにそろわず、いまだに受粉作業を並行に進めている最中。

メロンのお花畑の中をランニングシャツで汗をかきながらはいずりまわっている始末。何しろ数がとれなきゃ商売にはならず、そうこうしているうちにツルがどんどん伸び出して、大変な状況になってきたぞ。挙句に着果したものは変形果が多く、初期のダメージが大きく影響しているようです。

しかしながら、今回は害虫やら病気にはやられることもなく今のところコンパニオンプランツが功を奏しているのか?病気はネギが、害虫はハーブがこのメロンを守っていてくれるのである。
農薬の使用回数が少なければ少ないほど安全安心だし、薬も高くて大変だからね。

最初に肥料を与えれば後は水の管理だけであんなに甘くておいしいメロンが出来上がるのだから不思議なのである。土をなめてもちっとも甘くはないのだが、植物というものはすごい。
甘かったり、苦かったり、酸っぱかったり。同じ土からできるのだから。

エコだとか何だとか巷では取り上げられるが、中山間地の農業は縄文時代から?エコの取り組みなのだよ。
【2009/06/13 20:05】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
唐臼完成まであとわずか
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唐臼の里鍛治ヶ沢の理想の里を掲げ、今一つのシンボルともなる唐臼1号機がその形をあらわしてきた。みんな仕事をしている中で空いた時間を見つけ、少しずつ作ってきたものである。

この地区には大工さんがいるのでその人たちが中心になり、私など屁の突っ張りにもなりませんが、雑用を担当し、みんなで作り上げてゆくのであります。
当然作業終了後は飲み会が始まるわけですが、田植えも終わったということでさなぶりを行うことに。
これは定例行事になりつつあるのだ。

この辺は芝生にして、その周りにそばなど植えて、秋には唐臼でそのそばをついて、そば打ちでもしましょう。などとこの先の楽しみを話しつつ作業は続くのであった。

話は変わり、先日宮古市産業支援センターの主催によるフォーラムが開かれた。その時八木澤商店の河野和義氏のお話を聞くことができた。その後も交流会でも野菜作り等、興味あるお話を聞くことができた。そして最後には資料やら、本やら、特別にいただいたのである。こんな私ごときのためにまったくもってありがたい話である。そしていただいた本の中で地元学という言葉と出会ったのである。

河野氏のお話には共感するところが多々ある。そのやっていることの大きさ、規模、地域住民の人数など比べるに値するものではないが、一人ひとりがその地域の良さを見出し、自分たちがそこで楽しみ、生涯を過ごす。そこのところはそれぞれの個人の問題であって、スケールの問題ではないのであるからして、我々が求めるものは富や財宝ではなく、図りえることのできない満足度なのである。
そういう意味で河野氏のお話は、素敵であり、共感を持てたのである。

我々が今取り組んでいることを一言で言うならば、地元学なのかもしれないと思うのである。
活性化だとか村おこしだとか少なくともそういう言葉には当初から我々は抵抗を感じているのである。
これは自分たちが見つけ、自分たちが企画し、自分たちが楽しむ唐臼の里プロジェクトなのである。

地元学は我々に、失ってきた何かを今一度思い起こさせてくれるのではないだろうか。

【2009/06/07 12:50】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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