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圃場取材
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家の前の花にやってきたミツバチ。シャッタースピード1/1500。

最近家族が増えたせいか夕方になると巣箱の外まであふれているミツバチたちです。
でもわが家にやってくるミツバチはよそのやつららしく、違う方向に飛んで行ってしまうのであります。

こんなミツバチたちも本で読み、毎日眺めているとかわいいと思うようになるから不思議なものである。
この者たちの恩恵は計り知れないというが、田舎の人たちはそれほど考えてはいないだろう。
何しろ昔からごく普通にありふれた風景なのだから。

食物連鎖や共存共栄においてあたりまえのことなんだな。

私の所属している産直組合では、この時期の農繁期を機会に生産者の圃場取材を始めた。
私たちIT作戦隊が中心となり出崎産直に出品しているすべての生産者を取材して歩くという、とてつもないハードなことなのである。

しかしこれには様々な目的と効果がもたらされるのである。
ひとつは生産者の詳細な紹介と取り組み、そしてその生産現場を消費者であるお客さんに見ていただくことで、生産者と品物をより身近に感じていただけるという事。
そして置く客さんとの距離が近づくことで更により良いものを我々が提供できるという事。

生産者にとっては、一人ひとりが注目されることで品質意識の向上と生産意欲の向上がもたらされることである。

そして情報をホームページや店舗内で見ていただくことでお客さんに信頼できる商品であることを約束できることが大事なのである。

買い物をするときに誰それの、なんという野菜はこうだから美味しいとか、この野菜はこうして作っているからこうなんだと、話しながら買ってくれるようになってくれればこちらとしてもうれしいのである。

野菜ソムリエなどという認証制度があるようだが、産直ソムリエなどという人が現れてくれる方が生産者にとってはうれしいのだ。

村上さんちのお豆腐は自分の家で栽培した南部白目という大豆を100%使って、高濃度の豆乳をいくつものにがりの中からベストな組み合わせで作りだしたものなのよ。
釜で呉をコトコトと時間をかけてゆっくり煮込んで、絞り出した豆乳を櫂で寄せる、昔ながらの製法で造られているのよ。茹でるとふわふわにやわらかくなるし、冷たくするとかためで冷奴にすると箸でつかめるようになるの。
どんな料理にでも使えるし、とうふから出た味がうまさをより引き立てるのよ。
一度お店で買った豆腐と一緒に食べ比べてみるといいわ。

などというような会話がお店の中であちらこちらから聞こえるようになると、直売所というのは楽しくなるのである。

今までの何を買おうかなという買い方じゃなく、今日は誰それの何が出ているからこれにしようか。
そしてそれは旬を味わう事でもあるのだ。

店舗のモニターに生産者の紹介のほかにレシピなども見れるようにする予定なのでこうご期待。

でもこうして生産者の圃場を取材し、写真を撮って歩いていると、みなさん一生懸命考え、工夫し、努力し、個性的なものづくりに取り組んでいらっしゃいます。

いつの日か出崎産直消費者の会でもつのって、圃場を案内するというのも悪くはないかもしれませんね。

しかし考えてみると農業者というのは自分の時給などというものは、はなから計算に入れないで仕事をしているのである。
そして草取りや草刈りなどという一見無駄な仕事に膨大な時間と経費がかかっているのである。

ひたすら蜜を貯め、冬を越して、次の世代につないでゆく、そのためだけに一生懸命働くこのミツバチたちとさほど変わらないような気がしてきた。

そうなると、何が目的で何が嬉しさかというと、つくったものをお客さんにいいものである。美味しいものである。また買いに来るよ。と言ってもらう事なのである。
そして俺はいいものをつっくているんだと自画自賛して、いや、お客さんに認めてもらって、にやりとできる瞬間がいいのである。

それでお客さんが健康になってくれればなおいいのである。
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【2010/07/27 19:31】 | 出崎産直はなあど | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ミツバチの暑い夏
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メロンの収穫でハウスに入ると絞り出すほどの汗がシャツを濡らす。
今年のメロン栽培はミツバチの応援がないまま受粉作業も終了し、結果として結実したメロンは人の手によって交配したものとなった。

この暑さに人はばて気味であるが、このミツバチたちも暑いらしい。

巣門に一列に並んだ働き蜂はしきりに外の空気を送り込む。
送り込んでいるでいいはずだ。

巣門に鼻を近づけると蜂蜜の匂いがする。

基本的に黒いものには攻撃してくるはずなのだが、頭を攻撃する様子もない。
日本ミツバチはおとなしく、刺すという事はあまりないようである。

このミツバチのおかげで色々と勉強することになる。夢にまで出てくる始末だ。
アマゾンで本を2冊注文して色々と飼い方を勉強中である。
一生懸命働いている姿を見ていると、もっと環境のいいところで快適に過ごさせたくなってくるのである。

先日は盛岡の養蜂家の藤原さんの店を見てきてもらった。私が行きたかったのだが都合で行けなかった。

生き物を飼うという事はどんな動物であれ、昆虫であれ、お互いを理解し合い、心がつながる必要があるのだ。
ぬいぐるみやアクセサリーの延長として飼うのであればとんでもない勘違いである。

人とと同じで、環境が悪ければ病気もするし、うんこもする、小便もする。そして最後は死ぬのである。
その面倒をみる覚悟が必要なのである。それができなければ飼うことはやめた方がいい。
ついで植物も同じである。
害虫被害、病気、食事(施肥)、水やり、日光浴、その世話ができなければものにならない。

しかし、インタネットは巨大なショッピングセンターであり、図書館であり、学校である。

何とか来年こそは日本ミツバチによる受粉を成功させたいものである。
そのためには今から仲良くしておく必要がある。
これほど人にやさしく手伝ってくれる応援部隊はいないはずなのだが、メロンにも、今が盛りと咲いているレモンバームにすら来ないところをみると、何か原因があるのだろう。
昨年は来てくれたのだが。

来年はこの蜂たちと亀ヶ森の一本桜の蜂蜜を作りたいところである。
【2010/07/24 18:45】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
メロンの収穫始まりました。
2010-7-16.jpg

以前紹介したバラとともに、私がほしくて栽培を始めた黒い百合。
魅惑的な百合なのだ。

さて、天候不順と受粉作業に苦労した半年ではありましたが、その苦労も実って?
いよいよ、店頭デビューとなりました、わが家のマルセイユメロン。

とはいうものの未だにてこずっているわけで、水が多すぎたか肥料が過ぎたかツルが伸びるは伸びるは、メロンよりも葉っぱを蕗みたいに売れないものかと考える日々であります。

もはや通路がなくなって、足の置き所がありません。

野菜作りというものは一年という長いサイクルの中で良くても悪くても一度きり。
失敗すればまた翌年に持ち越し、それとて天候により必ず成功するとは限らず、生きているうちにできる回数たるや数えるくらいのものでしょう。
来年こそはという事の繰り返しだ。

そこに来て、病気や害虫といった問題が持ち上がる。
結果的に薬を使う事になるが、その薬に異論を唱える人も少なくない。

ちなみにミツバチのことを色々調べていると、ネオニコチノイド系の農薬との関連が目につく。
かたや薬の方にはマルハナバチやミツバチには安全だとある。よくわからん。

薬も使わないに越したことはないが、使わなければ安全かというとそうでもない。

農薬なんかなかった時代から見たら、今の方がこれだけ多くのものを食べられるようになり、飢えにも困らなくなり、結果寿命は延びているのである。
生きる為に、野菜よりも人間の方が薬を多用しているわけではあるのだが、自分の薬はさておいて、農家で使う薬の方が気になる人もいるようである。

とりあえず基準内であるならば、薬を使っていてもきれいで、美味い物を食っている方が幸せだと俺は思うのだが。昔みたいに人糞を使った野菜なんか作りたくないし、食いたくない。
とりあえずハウスの脇の日本ミツバチが薬で大量死したという事は今のところ起きていない。

この間スズメバチがやってきてミツバチを捕まえるところに遭遇した。お互いに生きることに必死なのだ。
ミツバチを食われてはかなわんから奴を殺したが、それとてどれが正解という答えはないだろう。

あくまでもどの立場から物を見るかという事だ。スズメバチとて腹をすかした子供が待っているのである。

農家にとって薬がだめだと言われたら、どれだけ大変なことになるのか。そうでなくても努力したほど儲かりゃしないのに。でもこの薬が高いから更に儲からないという事でもある。

とりあえずこの夏もメロンと冷奴とトマトで乗り切ろう。たまに花で疲れた体を癒されながらね。



【2010/07/16 21:36】 | 中山間地の農業 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
蜩の声に
2010-7-10.jpg

今日も一日メロンと格闘する。
ふと気が付くと蜩の鳴く声が山間に余韻を残して響き渡る。

もう夏か。

毎日をやらなければいけない仕事に追われ、気が付くともう半年が過ぎ去っていた。
体を湿らせた汗がこの時間になると乾いて、夕暮れの音と風が体を心地よく包みこんだ。

いよいよメロンも仕上げ段階に入る。
今日は朝から日がさしたり、雨が降ったり管理の面倒な天候だ。
ビニールハウスに延長ケーブルを引っ張りこみ、CDラジカセからモーツァルトの曲を流すことにした。

楽器の旋律と裏山で鳴く鳥の声が絶妙なバランスで空間を揺らす。
一息入れ汗をぬぐうとマルハナバチの花を渡る姿が目を楽しませてくれる。

俺も蜂のように飛べたらどんなに楽しいことだろうと思った。重なり合ったメロンの葉の間を自由にとぶことができるのだ。だからと言って決してゆっくり飛んでいるだけではない。ひとたび蜜を吸い終わると、ハウスの中から飛び出した瞬間ものすごいスピードで巣のある方へ飛んでゆくのだ。

たまに蜜蜂の巣箱の前に立ってその姿を眺めていると、その飛行する様子はまるでスターウォ―ズの映画を見ているようだ。突然視界に入ったかと思うと巣の入り口に突っ込んでくる。出てゆくときは飛び出したかと思うとワープしたように瞬間的に視界から消えさってしまうのだ。
この様子はいつまで見ていても飽きることがない。

蜂の飛行は実に楽しそうだと思った。彼ら、いやすべての働き蜂がメスらしいから彼女らというのが正解だろう。彼女らにしてみれば短い命を蜜を集める為だけに必死で働いているのだから楽しいわけではないだろうが。

そんな事を思いながら蔓を直していると突然左手に激痛が走った。理由が全く分からない。ただ痛いのだ。
こんな感覚は久しぶりであった。だがなんとなく何かに刺された痛みであることは長年の経験から察しがついた。
蔓のあたりを観察しているとマルハナバチが茎を登ってきた。
こいつが刺したのだと確信した。

蜂アレルギーを持っているので、傷口と思われるあたりを吸う。すぐには何処なのかわからないのだが、指を絞ると一点だけ色の違うところが出てくる。それからひたすら毒を絞り出す。
アナフィラキシ―が怖いのだ。今日は家にだれもいない。
絞ると刺した傷口から血が滲みでてくる。何度かやっているうちに痛みが引いてきた。腫れもないようだ。
幸い大したこともなく仕事を続行する。

ハウスの中で外に出たくている奴は手で捕まえて放してやるがそれは刺さない。(真似はしないでください)
突然つかまれるから驚いて刺すのである。
久しぶりの痛さを体験した。

蜂にもモーツァルトが聞こえているのであろうか。

今日も一日が暮れようとしていた。
【2010/07/10 22:12】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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