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今もなお残り続ける文化財
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暖かな陽ざしの中で田代地区の伝統的行事が行われた。
このような暖かい日を小春日和というのだろうか。まだ冬には少し早い気もするが。

昨年までは11月23日に定例的に行われていたおせり。いわば競り市のことである。

青年会が中心となって行う行事である。今年から日曜日に変更となった。

今年とれた農作物、家畜その他あらゆるものがセリにかけられる。

昔は家具屋さんやら、出店やらも並んでにぎわっていた。昨年までは露天販売もあったりしたが、今年は他のイベントとかちあってこなかったようである。

最近では色々なところでイベントが開催され、それなりににぎわっている。集客と販売を目的としたものが中心である。

しかし、この田代で行われている競り市は最近あちらこちらで見かけるイベント、まつりとは全く違うものである。有る意味無形民俗文化財的なものであると思われる。

これを文章で説明するのは実に難しい。実際にその場にいてその面白さ、楽しさ、地域の文化、生活、などというものがわかってくる。いつのころからやっていたのかわからないが、その歴史すら感じさせてくれるのである。
私が幼少のころからやっていたし、家畜を売買しその場でさばくなどというのもあたりまえのように行われていた。

それがかわいそうだと思う事はあっても、いけないことだとは考えない。それが生きることなのだ。

そんな生活に根差した行事なのである。

昔は宮古のあちらこちらから人が来ていたが、年々少なくなってきていることは事実である。
セリに参加して声を上げ、大笑いする、支払いなど考えずにどんどん値をせりあげる、そんな豪快な男たちがいた、それに混じって負けじと戦いを挑む女たちがいた。

そんな人間がいつしか少なくなってきた。

人に来てもらわないと始まらないが、かといって盛んに行われているイベントとは別物であるから、何かをただで配ったり、ゲームをしたりしながら物を売るというものでもない。
地域の文化にふれ、参加するか、はたまた無形民俗文化財を観賞するというたぐいのものであろう。

この手のものはあまり残されている地域は少ないのではなかろうか。

こういう取り組みこそが地域の宝であり、地域のあるべき姿なのだ。参加している爺さんや婆さんの顔、若者たちの顔、みんな実に楽しそうである。そんな顔をアップできないのが非常に残念である。

お母ちゃんたちは串団子や豚汁など出していたが非常に好評であった。

これは田代の文化財なのである。

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【2010/11/21 17:44】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
とど山って?
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魹山って聞いたことのない山だが、魹(とど)というくらいだから魹ヶ崎あたりの山であろうことは想像がつく。

今日は劇研麦の会の定期公演の仕込みが午後からあるが、何かとスケジュールが重なって暫く参加できずにいたPV活動へ、3時までには帰れるから大丈夫だろうと参加した。

ここ数年裏の山に行くぐらいで登山らしい登山もやっていないし、果たしてついてゆけるだろうか、不安が胸をよぎる。迷惑をかけるようなことがあってはいけないのだ。

てっきり遊歩道のようなものがあるのだろうと思い込んでいたのだが、途中からいきなり道のない山の中へ分け入ってゆくではないか。

でもそれは私にとっては幸いであった。どうも最近アスファルトや建物の床の上では腰痛がしてつらいのである。
そんな痛みもふかふかとした山の中に入れば消えてしまうのだ。

腰痛も現代社会の便利さからくる弊害なのかもしれないな、などと考える。

この程度の山なら裏の山とおんなじだしと思いつつ歩いていると、だんだん斜面は急になり、岩場が現れる。

人間は普段あまり気にならないことも、大自然の中に一歩踏み込むと持てる感覚を研ぎ澄ませなければいけないことに気づく。枯れ葉に足を滑らせたり、木の枝に引っかかったり、岩に躓いたり。

知らず知らずに自分の守るべき許容範囲をつかんでいるわけだが、帽子をかぶったり、ザックを背負うと途端に感覚を修正するなどということはできないことに気づく。

大丈夫なはずで枝を交わしたと思ったら帽子が引っかかったしまうとか、木の間を抜けようとしたらザックが引っかかって抜けられないとか、現代社会に慣らされすぎている自分に情けなさを感じたりもする。

岩の間を登ってゆくときなどは神経を研ぎ澄ませ登るわけだが、非日常的な体験もたまにはないといけない。

人間は死に向かって生きているという話をよく聞くが、岩にとりついたらこんなところから落ちて死ぬわけにはいかないと、必死で己の持てる力を発揮し次の目標へ向かってゆくのだ。
その先が死だとしても目の前の岩ではひっしにしがみついているのである。
そんな緊張感を楽しみ過ぎては癖になるが、適度に神経を研ぎ澄ませて己を戦わせる時間も必要なのかも。

その先にはこんな素敵な景色も待っているし。

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道なき道ではあるが、空き缶などのゴミは結構落ちていて、気持ちよく楽しむ風景には人間の出すゴミは似合わない。そんなゴミを拾いながら登る皆さんはとてもすごい人たちなのである。

ここからならアメリカが見えそうかも。

【2010/11/16 18:17】 | PV活動へ行ってきます。 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その49
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劇研麦の会の定期公演も無事終了しました。

ご来場の皆様、ご協力いただきました皆様本当にありがとうございました。
そして演出、キャスト、スタッフの皆様お疲れさまでした。

最初の写真は本番前の衣装をつけての舞台稽古、日本ではゲネプロと呼んでいるようですね。

人手不足の折、音響と記録カメラの担当でトド山登山の影響で客席の階段の上り下りがしんどい。

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本番1時間前の楽屋。弁当を食っていよいよメイク。ドーランのにおいが楽屋に立ち込める。
音響も長年やっていると緊張もまだこの時間帯ではしないのだが、役者は結構気持ちが高ぶってくる時間ではあるのだ。ちなみにドーランはドイツのDohranという会社名のようですが、舞台用のファンデーションさして何処のやつもドーランと言っているみたいですね。

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音響は本番を客席から見れる唯一のスタッフなので、楽しみつつ音響効果の取り組める。

松代(役名)の生き方に実に心ひかれる。田中茂の策略にはまってゆく感じである。

ウミネコは確かに空を飛んでいたぞと振り返りつつ、返しの音と客席の音がレベル差があったのかと反省する。
もっとしっかり役者のことも考えねばいけないのだ。

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1時間45分 歌声とともに緞帳が下りる。

そしてカーテンコール、それぞれの思いを胸に62年目の劇研麦の会の定期公演が終了した。

田中茂作品の面白さは簡単には説明できないが、いいものはいつの時代であってもいいのである。

また、麦の会では県内で演劇活動をしている人たちが一緒になって芝居を作り上げている。
これは麦の会にとっても、また、それぞれの劇団に戻っても決してマイナスになることはないであろう。

芝居のスタイルは違っていても、麦にとって新たな展開になってきていることは確かである。

そして会のメンバーが子供たちに演劇を指導し、その喜びと達成感をもたらし始めていることもまた、これからの演劇に少なからず影響してくることであろう。







【2010/11/15 22:37】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その48
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仕上げの稽古に熱が入るメンバー。

いよいよ公演を明後日に控えたところでキャストの紹介。

第69回 劇研麦の会 定期公演   第63回岩手県芸術祭参加 第58回宮古市芸術祭参加

さらばうみねこ島

キャスト

松代        五日市倫子
伴造(松代の兄)  森田
権六        いせたけみ
カネ(権六の姉)  山口光子
京子(権六の妹)  福岡
むら        森田美紀子
六造(むらの夫)  早野友耕
勝子(六造の妹)  坂下
伍郎        大竹
村瀬        米沢
高倉        岩船伸介

演出        南野和生

村のバス停留所、上手に車庫兼詰所の外側が見えバスはその向こう側を上手奥から舞台上手を通って袖に通っている。ここはちょうど詰所の裏手、道が下手奥は海岸へ、下手袖は新田開拓地へ、上手はバスの通る町へと通じている。中央付近に半分腐れかかった長い腰かけいすがひとつ。村瀬が上手の車庫の板に大きなポスターを貼っている。むらがその後ろで見ている。

むら  俺、どうも心配でなんねえよ。
村瀬  (たんねんにポスターを貼り付けている)
むら  心配でなんねえっつうだよ、俺。
村瀬  (ひとりごと)・・・心配でなんねえ・・・(あわてて)・・・まさか、お前・・・。
むら  ・・・

それではこうご期待。

この芝居は麦の会でも一度だけしか上演していないのではないかとのこと。
時間の都合上オリジナルの脚本を若干短くしております。

今年は日本で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、その流れの中でうみねことそれを取り巻く人間社会を描いたこの戯曲。時代は変わっても同じようなことが繰り返されてはいないだろうか。

ストーリーは単純明快に進んでゆくのだが、それぞれの立場、暮らし、人生、そんなところを覗いてみると実に面白い。切り倒された胡桃の木にもそれぞれの思いが実にたくさん詰まっているのである。

そして強くたくましく生きる女性たちの姿を描く田中茂戯曲の真骨頂?

前回までの昔話と違ってテンポの速い芝居になっている。


そういう事で明日は午後より宮古市民会館大ホールで仕込みに入ります。

ですが私ちょっとパークボランティアのトド山の歩道調査に参加します。仕込み、リハーサルには間に合わせますので宜しくお願いします。

調査の模様は後日ご報告いたします。

追伸、明日シートピアなあどで食育フェアが開催されます。私の造った豆腐も使うそうなので行ってみて下さい。色々食べられるみたいです。詳細はこちら



【2010/11/12 19:00】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その47
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本日は産業支援センターの計らいにより、工場見学に参加させていただきました。
かねてより見たかった黒川食品さんの豆腐製造工場とEN大塚製薬さんの2工場です。

早く豆を脱穀しないと全部はじけてしまいそうな状況ではありますが、ここはひとつ今後の豆腐づくりに生かすために行ってみましょう。
実は黒川食品さんの豆腐は特濃豆乳で作ってました。13.5%とのこと。
なんと俺の作っている豆腐の豆乳と同じような値でした。豆乳をいただいてきたので明日にでも寄せてみませう。
拝啓、賢治先生シリーズは黒川食品さんの豆腐だったのですね。

さて、いよいよ劇研麦の会の定期公演まであと5日、南野氏の演出に熱が入る。
細かな立ち位置、動き、セリフのニュアンス。

日を追うごとに厳しい指導がなされるのである。

そこはそうじゃないでしょっ! 語尾の発声により全く違うものになってしまうんだという事を何度も繰り返す。

脚本を読み込んでいない私は都度なるほどと感心する。脚本は読み返すほど書いた人の意図することが分かってくるが、たとえば、語尾に ッ、 や !、 ... などが使われている場面が結構ある。ここにその人物の感情表現が書きこまれているのである。

これは読んでいただけではわからない部分である。実際に声を出してうごいて初めて分かってくる。演出とはいかに大変な作業であることか。
逆に戯曲を読み解く面白さでもあるのかもしれない。

さて、舞台音響の方はウミネコの鳴き声が重要。いかに臨場感あふれる舞台にするか。空いっぱいのウミネコ、移動してゆくウミネコの群れ、「想像してごらん、空いっぱいのウミネコの群れを」。ジョンレノン風に言うとこんな感じであろうか。

人間の欲望と犠牲について作者田中茂は書きたかったのかもしれない。

さらばうみねこ島という歌も同時に作っている。作曲は早野友耕氏。今回この作品にキャストとして出ているというのもまた麦にかかわってきた縁であろう。
この歌詞の中で愛することができるのもまた人間であると書いている。

田中茂は当初より早野氏を座付き作曲家として抜擢したのである。それは早野氏にとっては驚きだったという。しかし当初の戸惑いとは裏腹に、数々の名曲を麦の会に提供し続けているのである。

田中茂が残してきたものは単に戯曲だけではなく、そこに集う人々の関り、芝居に取り組む共有の時間だったのかもしれない。




【2010/11/10 00:00】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
田中茂と劇研麦の会 その46
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今鍛治ヶ沢は紅葉の見ごろ、滝の周辺はとてもきれいです。
この時期はちょうど大豆の収穫時期にあたり、仕事の合間を縫っての撮影。

腰をかがめて大豆を引き抜く作業はつらいものがあるが、見上げた周りの山々は赤や黄色を始め、さまざまな色で目を楽しませてくれる。
それにしても今年の大豆はマメシンクイガと紫斑病、他原因不明の病気で収穫量が激減、選別作業も大変そうである。

連作は宜しくないと聞いてはいたがそのせいか、はたまた今年の暑さのせいか。いずれにしても収穫作業は終わらせなければいけないのである。

農業共済の確認で来た検査員の人にこれで豆腐を作って売っているのだと話すと、贅沢な豆腐だと感心していた。選別した豆だけをふんだんに使い、相当手が掛かっているから贅沢な作りであることは間違いないのであるが、陳列してあるパッケージでその違いはわかりにくい。スーパーに行くと豆腐の種類の多いこと、一種類だけでいいようなものだが、それだけ味の違いを求めるお客さんが多いという事だろうか。

さて劇研麦の会、南野氏の早期回復を願いつつ進められた練習、南野氏は今回の公演の中止を願い出た。
もうすでに開演の時まで一カ月を切っていたのだ。

しかしここまでやって来たのだから何とかやり遂げたいとの会員の希望により、中止の決定はなされなかった。
だが、キャストでもあった南野氏のその代役を誰がやれるのか、その人材はいるのか、代役探しが始まった。

そんな危機を何度も乗り越えてきた麦の会、今回もまた土壇場で何とか代役が見つかった。
それでも本当の大変さはこれからである。南野氏は演出だけは何とか続投することとなったが、体調のおもわしくない中で、短期間に仕上げなければならない舞台は苛酷であった。

練習が終わるとため息を漏らす南野氏、それでも練習中は厳しく指導にあたるのだが、それは自分の理想とは程遠い仕上がりと、自分がこの中で演じていられたらという気持ちからなのか、かりに自分が出ていたとしても今回の公演は厳しいものになっていただろうと私に話す。

南野氏は言う、演じる役者がみんな同じようではいけない、どうしてもみんな同じになってしまっているんだと。

簡単なようで実に難しいことなのだろう。最近役者から遠のいている私にはよくわからない部分ではあるが、南野氏の言っていることは見ていて理解できる。

普段会話していると全く違うそれぞれの人間なのに、文字を読むことによりセリフは違っていても同じ抑揚で物語が進んでゆく。有る意味一人の人間が脚本を読み進んでゆくような感じである。
なぜそうなるのかわからないが、戯曲の中の一人の人間になりきれていないという事なのだろうか。同じ言葉でもこの人はやさしそうだとか、怖そうだとか、性格が悪そうだとか、受け手側が判断する。そういう事が伝わるような演技をしなくてはいけないのだということなのだろう。

そうなれば見る側も感情移入しやすく、人間の滑稽さ、面白さ、そんなものをより感じるはずである。
田中作品の面白さはそんな人々の描写が実に巧みに練り上げられているところなのである。




【2010/11/03 18:28】 | 劇研麦の会の足跡 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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