3月はあわただしく
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3月といえば卒業式、亀岳小学校でも2名の児童が卒業したのだ。

小学校に入って6年、上級生の後ろについて歩いていた子供たちが、いつしか下級生の子供たちを指導しながら歩いている。いつもうちの前を元気にあいさつしながら登校する姿をずっと見てきた。

そして卒業式。あっという間に大きくなって、巣立ってゆく。
今考えると、自分の子供はこんな風に見ることは無かったと思われる。会社勤めで学校に行くことすらなかった。仕事が忙しく休みたくても休めない状況だった。もっと見とけばよかったといまさら思ったりする。

田代には中学校がない。いや会ったのだが閉校してしまった。紅白歌合戦なるものをやって思うのだが、中学生からぷっつりと地域との関係が途絶えてしまっている。

ちゃんと宮古の中学校に毎日通っているのだが、自宅からスクールバスで行ってしまう為、地域との関わりが薄れてしまうのだ。これは実に問題だ。挨拶であれ、言葉を交わすことは重要であり、お互いに、そして社会的にこれはまずいだろう。1か所にまとめて教科書の中身を教えることだけが勉強じゃない。それは必要に迫られてやるものであって、その必要性を教えるのが地域社会ではなかろうか。

そんなことを考えつつ、目頭が熱くなる、実にいい卒業式だった。卒業おめでとう。朝登校する姿を見れなくなるのは寂しけれど、明日に向かってはばたけ。

その日降り出した雪は3度目の大雪となった。

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田代の自治協議会で除雪作業の委託を受け、出動の除雪作業この日も深夜に及んだ。昼仕事を終えて、降り出した雪のためにオペレーターは深夜2時、3時と朝の通勤通学のために夜通し仕事に追われる。
ほんとにご苦労様なのだ。

そんでもって田代はいいのだが、肝心の峠道路が毎回のように2,3日通行止めになる。こんなことは今までなかったことだ。余りにも雪が多すぎるのだ。

屋根から落ちた雪が2階まで届いてしまった。そのたびに除雪。腰は痛くなるし、もうすぐ溶けてなくなる雪に翻弄される。

漸く、昨日今日と暖かくなり、夜でも雪が解けるようになってきた。しかし、翻弄されたのは人間ばかりではなかった。
ミツバチたちが雪の中に飛び出して死んでしまうのだ。2群全滅だ。なんとかわいそうなことか。

雪のせいで桃の芽が鳥に食われ、もうそろそろ勘弁してほしいのである。
【2014/03/25 22:51】 | 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
俺東京さ行って来ただ
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多忙につき、それと工房が寒いので、それと雪かきに追われ腰痛がひどく、そんなこんなでブログが停滞しておりました。

それでは最近の出来事から。 キリン絆プロジェクトの一環で3名で東京リサーチに行って来たのだ。
みやごのひっつみをどのような戦略で全国展開していこうかというわけで、矢崎氏のお誘いで神田淡路町のワテラスのマルシェを視察に。腰痛にはアスファルトがとってもつらいのだ。
まして田舎では歩くことはしません。となりにゆくにも車です。

砂漠だかジャングルだかとにかく歩くわけで雪かきのほうがまだいいかも。

で、ワテラスマルシェとっても上品なマルシェです。そういえば宮古の駅前でもマルシェなるものが近年開かれますが、
最近耳にするマルシェ。市場のことをフランス語で言うとマルシェというらしい。有楽町前でもマルシェやってました。

市がマルシェになっても、みやごのひっつみはみやごのひっつみだし、純和食ではあるが、しいていえば、イタリアのパスタに近いかなァ。しかしなんでマルシェって呼ぶようになったんだろうなどと考えつつ、ここはまた実に上品な売り方を展開しておりました。これはマルシェでも許せるか。

しかし、近年街がガラスで埋め尽くされてきているのだ。

さて、見学のあと、3月28日と29日にはここでひっつみを売ってみようかという話になり、軽く返事をしてきたのだが、こうご期待。

で、その後は野菜居酒屋玄気さんのところで飲んだ後、10時の電車でホテルまで。この時間帯で電車満員、腰痛にはつらい状況が。そんな状況で考える。実際家では何食ってんだろうか。このあたりは家というより職場で、通りすがりの人達のようだし。

もう少しリサーチを掘り下げて、東京ホームステイなるものをやらなければいけないのだ。
これは田舎の人が都会を知る上では必要なことなのだ。

次の朝、ホテルの朝食のひどさに、俺たちはなんと恵まれた食生活を送っているのだろうと3人でうなずくのであった。

【2014/03/01 18:10】 | それってどうよ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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