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in 中山間地の農業

大豆のすすめ

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茶豆の実が入り始めました。ちょっと遅く種を蒔いたのですが何とか実になって欲しいものです。

私農業が本職かというとそうではなく、ガラス彫刻家かというとそれほどでもなく、豆腐屋かというとそうでもなく。

いつの間にか地域農業、農村の振興を図る普及事業パートナーとかいうことになったりして。就農に関するアンケートなど書く事になったりして。
いつの間にやら百姓にされつつあるわけで。

こんなに大豆植えちゃってこりゃ大変なことになったと後悔先に立たず。

ちなみにこのブログとともに地元を楽しく裕にと考え出して、色々と面白い生き方が見えてくる。こんな里山、中山間地ならではの面白さだ。

河北新報社でにっぽん開墾という特集があった。参考になるので引用させていただく。無許可なのでよくないことは承知だがPRを兼ねてということで勘弁していただきたい。

結城 中山間地のじいさんばあさんに「最近は大変でしょう」と話を振れば、「農業では食えない」とか「若者がいない」とか、質問に合わせた答えが返ってくる。それで「ムラは疲弊している」とまとめるのは単純すぎる。
 暮らしの楽しみについて聞くと、話が尽きない。1カ月近くゆったり過ごす湯治、お祭りや民俗芸能、山菜採りやキノコ採り…。気持ちにとてもゆとりがある。僕ら都市生活者は、楽しみをカネで買う社会に生きてきた。中山間地はそうではない。物差しが違う。

 姜 中山間地を見ていくと、都会では暮らしていけない所得水準でも豊かに生活できることに気付く。例えば東京で年収が200万円だと、生きていくのは大変だ。結婚して資産を蓄え、家を建てるのは難しい。
 都会には、階段を上がろうとしても可能性が絶たれている人が、かなりうずくまっている。日本は東京中心の階層社会になりつつあるが、そういう世界は人を生かさない。大都市に集まってくる若者が今後どんなライフサイクルを描けるか。僕は正直なところ、やや悲観的だ。

 赤坂 年間200万円の収入でも、それなりに楽しく生きる方法が中山間地にはあると、連載「ニッポン開墾」は示した。勝ち組になるのを望まない人たちが、負け組に転落もせずに生きていく道があることを再確認できたと思う。


 ―連載に登場した中山間地の人々を見ると、生き方の軸がとても多様だ。何かに反発するわけではなく、それぞれ自分流で無理なく生きている。

参考になる意見ではあると思う。しかし年収200万円?こりゃ少しぐらいやったってとれる金じゃないような気もするのであるが。
無理はしていないわけじゃない、しかし押し付けられた無理はしなくていいのだ。
とにかく楽しもうと思えば人生楽しめるのである。
そして何でもやろうと思えばできるのである。

毎日楽しい酒が飲めるのだ。

直売所も順調で地元の人中心に利用されている。朝晩集まってそこで会話が生まれる。結構楽しいものだ。
誰のためでもなく、年に関係なく、自分が今いちばん楽しいことが大事なのだ。
よく、私はもう年だからとか、若い人達に任せてとか、聞くのであるが、そのたびに、自分が楽しむことだと私は言う。誰のためでもないのだ。かといって人の為に何かしているわけじゃないんだから。

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この豆を一本ずつ引き抜くことを考えるとぞっとします。豆を抜き終える前に絶対腰が抜けるもんね。田んぼ6枚に植えちゃったもんナ。
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