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in それってどうよ

記憶の片隅に

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昨日は大学のオープンキャンパスということで、学生さんに交じって工学部、農学部の研究室をのぞいてきました。
実験設備やら学生さんの説明やら楽しいのなんの、あっちから見たら迷惑なことだとは思うが、こっちにとっては興味津々、電子機器を見るだけでわくわくしてきます。

説明してくれたみなさんありがとうございます。

で、今日はけげだす村工房祭りということで、母が見に行きたいというからついでに研修?

けげだすとは、思い出すとか思い返すとかいうような意味でしょうか。私も昔は使ってました。
司会の方が寄せ豆腐の早食いで、熱くて口から出したのを見て、ほげだすと言ってましたが、これは口に入れたものを出すというような意味で使われます。
似たような言葉ですが前者は物体がありません、後者は物体があるものであり、口から出す場合に限られます。

実際の使用例をあげてみます。

ゆんべはさげぇのんでよっぱらってだったがら、なんずにけぇったがけげだせねぇなぁ。

昨夜は酒を飲んで、酔ってしまって、何時に帰ったのか、思い出すことができないですね。

というような使われ方をします。

次は、ほげだす です。

すいかくったら、たねばほげだせよ、そうでねぇばもうちょうになっつぉ。

西瓜を食べたら、種は口から出しなさいね、飲み込むと盲腸になりますよ。

子供の頃よくこんな風に親から言われたものです。ほんとに虫垂炎になるのでしょうか?

昔は けげだす村=青倉地区、 末前地区、など田代とは密接な関係にありました。
農畜産物の交流や嫁さんが行ったり、来たり、私も小さい頃、道路がまだ山道だったと記憶するが、祖母と七滝から青倉、そして末前まで歩いて行ったことを思い出す。いや、けげだす。

一日がかりだったと記憶する。祖母は末前の生まれで、実家に帰るとき一緒に連れて行ってもらったのだ。小さい頃の私にしてみれば大冒険だ。そんな距離歩いたこともない。

今となっては忘れてしまったが、祖母の昔の話や、その地域の話など聞きながら、山道を上ったり下ったり繰り返した記憶が今でも残っている。

こういったことは死ぬまで決して忘れることのない記憶になるのだ。いつまでもけげだすことができるのだ。だから俺はいまでもこの青倉から末前に抜ける山道のことをけげだす村を聞くたびに、思い出すのだ。

誰かの後を追って、道を小走りに歩く子供のころの記憶は、誰にでもあるものだと思う。それが親父の背中だったり、母の背中だったり。

歩くという行為は目的地に着く以外の何かを残してくれるようだ。

私も子供ができ山を一緒に登ったりもした、果たして子供らに何か残せただろうか。
最も子供の背中を追いかけて登る方が多かった気もするのであるが。








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