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in 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から

集団登校

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9月に入るとめっきり涼しくなり、虫の音が秋を感じる今日この頃。
時折聞こえる蝉の声がどことなく寂しく、いつになく短い夏を惜しんでいる。

コスモスの咲く道を子供たちが元気に学校へ向かう。
私、子供安全支援隊員となり、子供たちが安全に学校まで着けるようにと見守るわけだが、指導といわれてもたいして指導できる立場でもなく、このさい一緒に少し歩いてみようかとカメラを片手に後ろをついてゆく。

子供たちが会話しつつ、歌を歌いつつ歩く様子は何とも微笑ましく、私が邪魔であることは明白なのだが、ついでに通行の妨げになっているようなところをチェックしながらついてゆく。
途中先生が合流する。児童のみんなは先生が来るとさらにテンションが上がって楽しそうである。

それにしても結構歩くスピードが速く、写真を撮りながらついてゆくのはだんだんつらくなってくる。
子供たちの体力に比べてどれだけ体力がなさすぎるのだろう。こんなことでは山に登れないではないか。今度運動会もあるというがもう走れないなと実感する。

子供たちはひたすら学校を目指して歩くのだが、もう少し道草してもいいんじゃないか、などと思ったりする。直売所のあたりでメロンでも食べさせてあげようかとも思ったのだが、指導する立場の私がそんなことをしたらいかんだろうと思いやめた。でもそんなことの方が大きくなって学校まで歩いたことの面白さとして思い出すのである。歩くことが大事なのではないのだ。歩くことで体験すること、見えてくるもの、それが大事なのだ。

で、スクールガードリーダーのお話から、今世間で起きている事件、覚せい剤やら何やら誘惑の多い今日、自分を守るためには強い自分が必要で、そのためには自分に、家族に、そして住んでいる地域に誇りを持つこと、自信を持つことが大事なのだと。
それが自分自身を強く支えてくれることになるのだとおっしゃっていました。

とてもいい話で何度もうなずき聞いてきました。

低学年から高学年まで仲良く歩いて登校することは、それだけでそれぞれが成長する時間であり、昔はそれが当たり前で、そこで怒られることもあれば、喧嘩することもある。そうやって成長してゆくわけで、現代は安全に気を使うあまり、失われるものも多々あるような気がしてならないのである。

先日テレビで何処かの学校で高学年になると山に登るという内容の放送をしていた。これは危険が伴う行事で先生方の苦労を思うと現代では信じられないことなのだが、理解あっての親がいてこそなのだろう。いつかは誰でもぶつかる壁なのだがそれを少しでも体験しているという事は、たった一人で突然ぶつかるよりはずっと強い自分ができているに違いないのである。

昔、小さかった子供たちと自転車で最東端の岬まで行ったことがある。道路から落ちたら谷を転げ落ちることは承知で連れて行った。それがいいかどうかはわからないが、帰りに突然橋から姿を消したと思ったら下に落ちていたことがあった。それぞれが自転車で走っている以上、子供であれ誰であれ、自分のことは自分で乗り越えていくしかないのである。そういったことは親にとっても子どもにとってもよくあることなのだ。

ただ子供にとって、遠くからでも誰かに見守られているという安心感は必要なのだと思うのである。

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1 Comments

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たてほら  

久し振りです。

そういえばそういう番組やってましたね。
最近、磯鶏八木沢地区で夜、不審者が出たとの報告があり、気をつけてくださいとの連絡がありました。
なんてこった。

2009/09/05 (Sat) 23:29 | EDIT | REPLY |   

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