FC2ブログ
in 劇研麦の会の足跡

田中茂と劇研麦の会 その41

-0 COMMENT
2009-11-3.jpg

今日は麦の会で、練習を積んでこられた方々には懐かしい、高浜公民館の写真から。

昼の高浜公民館は余りお目にかかることがなく、大道具の出し入れの時ぐらいのものでしょうが、ここの夜、灯りのついた高浜公民館には多くの会員が足運んだことでしょう。
私も例外ではなく、残業で仕事が10時頃終わり、それから練習に駆けつけるというようなことも多々ありました。その頃は10時、11時までの練習はあたりまえのように行われていました。

昼の職場での仲間とは違う、演劇という志を同じくした者同士の集まりは、全く別次元の世界で、そういう時間の在り方に喜びを感じたものでした。

何度か改装されていますが、建物の外観はそう昔とは変わっていないと思われます。
あるときは笑い、あるときは泣き、自分の下手さ加減に呆れ、ともに汗を流した日々。
ここには劇研麦の会で過ごした思い出がいっぱいつまっているのである。

昨日から今日にかけて雪がちらつく寒さだったが、そんな寒さの中、生前の田中茂氏は首に襟巻を巻きつけ、バイクでここまで通ってくるのであった。
田代鉄男氏は紙袋を下げて、近くの自宅から歩いてくるものであった。
車のカギを車内に残してしまって、寒い夜中にトラックの上で待っていたりとかそんなこともあった。

それで思い出しましたが、業務連絡です。ゴルゴさんこのブログ見ていましたら、土日に応援いただけないかと麦の会で伝えてくれと頼まれました。宜しくお願いします。
燻製作りで忙しいのでしょうか?最近会えませんね。

さて、本日の通し稽古、南野氏の演出にも熱がこもっております。
特にセリフの間にこだわる。何しろ今回の脚本は・・・・・・・。が多用されているのである。そこに田中茂が描こうとする人間の心が緻密に表現されている。ただ声の強弱やスピードはそこには書き込まれていない。だがそこのところを南野演出は拘りぬく。

上を見て追及していけばどこまでいってもこれでいいという事はない。と南野は言う。
そこまでたどり着けば、また上があると。
この芝居も南野氏にとっては全く満足のいくものではないであろう。しかし役者もそれに応えようと必死である。
もっと音を聞きなさい、相手の声を、動きを、そこに自分が入り込んでいれば、動きは自然とでてくるのだと自ら動き、語りかける。

声の出し方ひとつでこの物語の方向性が全く違うものになってしまうんだよ。

そんな厳しい練習も、あと4日。
ぎりぎりの会員で役者と裏方の両方をこなさなければならない。

これもまた劇研麦の会が昭和23年(1948)から続いてきた、長い歴史の1ページに書き加えられるのである。
ちなみに30年前も会員不足で挫折感を抱いたときは数えようもありませんでしたと記されている。それから更に31年それでも麦は毎年のように穂を実らせてきたのである。




0
  • Share

0 Comments

There are no comments yet.

Leave a comment