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in 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から

卒業式に寄せて

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今年も果菜類や花の苗作りが始まりました。
近年では珍しく、寒さが幾度となく繰り返されるので、いつもより遅めの播種となりました。

メロンも写真のようにすくすくと育っております。メロンの中に細長いものが生えていますが、雑草ではりません。
今年は定植の手間を省くためと、根が良く絡み合うように、ポットにネギの苗を移植しました。
お互いに害は及ぼさないので問題ないはず。
最近ではメロン農家さんでは常識となっている、コンパニオンプランツの一例です。

山野で見られるような自然な形の共生ということでしょうか。半ば強引に植えこんではいますが。
農薬が減らせるならば、作業的にも経済的にも安全にもメリットはあるわけで、ネギの種など農薬から見たら安いもんです。もちろんネギもメロン収穫後はしっかりと食べます。(いったん深く植替えますが)
冬までネギは買わなくてもいいのであります。

ビニールハウスもうちみたいに数が少なく小さいと、共生栽培は有効的な使いかたにもなってくるわけで、あとはいかに土をいたわるかということです。

先日久しぶりに小学校の卒業式に行ってきました。私のところは昨日が大学院の卒業式で行ってきましたが、小学校ともなると遠い昔のことのようです。当然妻が行くわけで、当時は私はいつも仕事で、こんな経験を今するとは思ってもいなかったことです。

菊池校長先生のおかげで、色々と学校ともかかわりを持つようになり、多くのことを経験させていただきました。
地域の中心となる学校、そして地域社会をになってゆく子供たち、そこで暮らす人々、ひとつの大きなつながりの中で営まれてゆく生活はどこまでも続いてゆくわけで、何かをやろうとするとき、ひとつひとつ切り離して考えることではなく、地域で暮らすという事の大きなつながりの輪のどの部分が切れているのか、切れかかっているのか、それを修復する作業こそが大事であり、それにより目的や問題が見えてくる。

そんなことを考えていると、小学生を見つめる目もまた以前とは変わっている自分に気づく。

昨日大学院の修了式にあたり、岩手大学の学長、藤井 克己氏が昨年のノーベル経済学賞受賞者のエリノア・オストロム教授のことについて話されていました。
この話が実に興味ある話だった。調べてみると、共有資源のガバナンスということのようだ。

今まで国が行ってきたものをセルフガバナンス(自主統治)という形の可能性を示したという事のようである。
非常に興味深い内容である。

我々の住むこの地域社会はそもそも国とか藩とか、そんなことは関係ない時代から、三内丸山遺跡からもわかるように、縄文時代から、いやそれ以前からこの東北地方ではそういう地域社会が形成され、脈々と受け継がれて来ていたはずなのである。

そして共有資源は有形のものだけではないのである。地域集落にある心のつながり、暮らしのつながりこそが共有の財産であり、資源なのだ。

などと卒業式にあたり、思う事は多いのである。




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