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in 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から

ご無沙汰しております。

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女郎花の花と蜂。この辺りでは粟花と呼び、お盆に墓前や仏壇に飾る代表的な花である。
多分蜜が豊富なのであろう。色々な蜂や蝶、ハエの類などが群がっている。開花期間も長く長期間楽しめる花である。

さて、しばらくブログの更新が途絶えておりましたがお盆商戦も一段落し、メロンも収穫が終了し、やっと一息というところである。

先だって、盛岡に宇根豊氏の講演を聞きに行ったり、パークボランティアの関係でウォークラリーの下見、劇研麦の会の打ち合わせ、今週は仕事の関係で東京ギフトショーに行ったりと、忙しいながらも私にとっては楽しい日々を送っております。ついでに徳川家康と家光両氏のお墓参りもしてきました。

まずは宇根豊氏の講演から。

お百姓さんはお米や野菜などを生産していますが、さて赤とんぼはどうか、と始まる。
我々は赤とんぼを生産している意識は全くない。が現実はといえば赤とんぼの大半が(数値は忘れました)田んぼから生まれているのだそうだ。
結果としてなるほど我々も赤とんぼを生産しているのだろうと思ってしまう程納得できる説明がされる。

赤とんぼとは何種類かのトンボの総称であるがそれは以前書いているので今回は飛ばします。

それではこの見慣れた、ありふれた里山の風景はどうなのだろう。
田んぼがあり、畑があり、川や池や道路や、山がある。
実はこの見慣れた風景を作っているのもお百姓さんたちなのだと。
草を刈り、草を取り、田んぼに米を植え、畑に作物を植え、花を植え、間伐して、毎年同じような風景が繰り返される。この風景を維持しているのもお百姓さんだと教えてくれる。

そんなこと考えてもみない視点からの解説である。

作物を作って何とかお金にしようと必死なだけで、実はそれが風景や生態系まで維持していたとはすごい話である。こじつけみたいに聞こえるかもしれないが現実的な話なのである。

そこまでやっているお百姓さんが、作ったものを現在の市場価格で売ってその金だけで生きてゆくというのは大変なことで、実はもっとたくさんの仕事をしていて、それに見合う評価がされていないのではないかという事である。

納得のできる説明だ。しかしこのままでは遊休地が増え、里山がなくなり、農業自体が崩壊する。そうなると自給率だけの問題ではなく、生態系や環境にもおおくの問題が発生してくるのである。

数日前、東京の街中を車で走ってきたわけだが、緑がないわけではない、でもどこか殺伐としている。かといって原生林だけでもつまらない。里山が恋しくなるのである。

人間も含めた生物の多様性という観点からも、今一度日本の在り方を見直す時なのだろうと感じるのである
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