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in 劇研麦の会の足跡

田中茂と劇研麦の会 その46

-1 COMMENT
2010-11-2.jpg

今鍛治ヶ沢は紅葉の見ごろ、滝の周辺はとてもきれいです。
この時期はちょうど大豆の収穫時期にあたり、仕事の合間を縫っての撮影。

腰をかがめて大豆を引き抜く作業はつらいものがあるが、見上げた周りの山々は赤や黄色を始め、さまざまな色で目を楽しませてくれる。
それにしても今年の大豆はマメシンクイガと紫斑病、他原因不明の病気で収穫量が激減、選別作業も大変そうである。

連作は宜しくないと聞いてはいたがそのせいか、はたまた今年の暑さのせいか。いずれにしても収穫作業は終わらせなければいけないのである。

農業共済の確認で来た検査員の人にこれで豆腐を作って売っているのだと話すと、贅沢な豆腐だと感心していた。選別した豆だけをふんだんに使い、相当手が掛かっているから贅沢な作りであることは間違いないのであるが、陳列してあるパッケージでその違いはわかりにくい。スーパーに行くと豆腐の種類の多いこと、一種類だけでいいようなものだが、それだけ味の違いを求めるお客さんが多いという事だろうか。

さて劇研麦の会、南野氏の早期回復を願いつつ進められた練習、南野氏は今回の公演の中止を願い出た。
もうすでに開演の時まで一カ月を切っていたのだ。

しかしここまでやって来たのだから何とかやり遂げたいとの会員の希望により、中止の決定はなされなかった。
だが、キャストでもあった南野氏のその代役を誰がやれるのか、その人材はいるのか、代役探しが始まった。

そんな危機を何度も乗り越えてきた麦の会、今回もまた土壇場で何とか代役が見つかった。
それでも本当の大変さはこれからである。南野氏は演出だけは何とか続投することとなったが、体調のおもわしくない中で、短期間に仕上げなければならない舞台は苛酷であった。

練習が終わるとため息を漏らす南野氏、それでも練習中は厳しく指導にあたるのだが、それは自分の理想とは程遠い仕上がりと、自分がこの中で演じていられたらという気持ちからなのか、かりに自分が出ていたとしても今回の公演は厳しいものになっていただろうと私に話す。

南野氏は言う、演じる役者がみんな同じようではいけない、どうしてもみんな同じになってしまっているんだと。

簡単なようで実に難しいことなのだろう。最近役者から遠のいている私にはよくわからない部分ではあるが、南野氏の言っていることは見ていて理解できる。

普段会話していると全く違うそれぞれの人間なのに、文字を読むことによりセリフは違っていても同じ抑揚で物語が進んでゆく。有る意味一人の人間が脚本を読み進んでゆくような感じである。
なぜそうなるのかわからないが、戯曲の中の一人の人間になりきれていないという事なのだろうか。同じ言葉でもこの人はやさしそうだとか、怖そうだとか、性格が悪そうだとか、受け手側が判断する。そういう事が伝わるような演技をしなくてはいけないのだということなのだろう。

そうなれば見る側も感情移入しやすく、人間の滑稽さ、面白さ、そんなものをより感じるはずである。
田中作品の面白さはそんな人々の描写が実に巧みに練り上げられているところなのである。




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- 1 Comments

There are no comments yet.

大雪山  

頑張って下さい。麦の会の灯を絶やしてはなりません。今こそ頑張り時です。みな力を合わせて頑張れ。

2010/11/03 (Wed) 23:22 | EDIT | REPLY |   

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