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親父はシェットランド最終話

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馬鹿リュウと親しみをこめて、時に怒りを込めて、そう呼ばれたシェットランドの親父が今日旅立った。

一緒に暮らすということはただ単にどこかでつながっているという事だけなのか。

何か役にったったわけでもなく、時に煩わしさを感じることも有り、ただ何気なく話しかけているだけの日々なのだ。

自分たちが生きている時間のいくらかの時間、そこにリュウも一緒に生きていたそれだけなのだ。

だが、そこにリュウがいないと自分もいないことになる。時間はそこにいるすべてのものが共有しているのである。

これからは共有できない時間になるが、今までは無かったことにはできない時間なのだ。
だから振り返るとそこにリュウがいる。それは自分と密接に結びついているのだ。

記憶のなせる技なのかもしれないが、思い出とともにそこに寂しさや哀しさが付きまとってくる。もう帰ってこない日々へのむなしさみたいなものだろうか。

もっとこうしておけばよかったと思う欲望は果てしないが、今をもっと大事にすることは遅くはないのである。

そして今ここに存在したことはどんな時間だったにせよ無駄なことではないはずなのである。

リュウよさらば。又何処かで会おう。




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