FC2ブログ
in それってどうよ

奇跡の一本キャベツ

-0 COMMENT
2012-4-1.jpg

昨日の鍛治ヶ沢は夕方に突然のにわか雪、鍛治ヶ沢唐臼の里プロジェクトの総会準備のさなか、うっかり手から滑り落ちた総会資料がびしょぬれになる。が、とりあえず今夜も美味い酒を飲む段取りは整いつつあった。

このプロジェクトの目的の一つは集落のコミュニティの再建、この日は爺さんも婆さんも、子供もみんな、総会に来なくてもお寿司が配られる。日頃この活動に何らかの形でみんな協力してくれているのである。
その一つが鍛治ヶ沢直売所であったりする。生涯ここでモノづくりをして楽しく、助け合い、生きがいのある日々を送れる集落づくりだ。

そのために色々な仕掛けを作って、知らず知らずに形づくられていくことが大事なのである。

地域がそうであるように、宮古も岩手もみんな同じである。
さて、ここ鍛治ヶ沢にお客さんが来たときになにを自慢できるのかというと、自然は多いがさりとてこれというべきものもない。でも人が感動するのは見た目だけではないという事に最近気づいてきた。

この自然と環境、文化、そこに息づくすべてのものとの調和である。ここにはここにあるべき姿とそこにいる人たちの暮らし、一緒に汗を流し、一緒に飯を食い、一緒に酒を飲む、そこに培われたやさしさやたくましさ、美しさが見えてくるのである。
それは車やバスで窓越しには決して見えるはずもない魅力が隠されているのである。

一人で食ったってたいしてうまくもないが、みんなで食べると美味いとか、一人で見るとさほど感動しないが二人で見た景色は美しかった。それは思い返すほどに増してくる。そんな経験はないだろうか。

立ち止まって、畑で仕事をしているばあちゃんに、道を聞いたりすることから始まるのだ。

それでは、奇跡の一本キャベツを紹介しよう。

2012-4-2.jpg

今日、シートピアなあど仮設店舗に行った際、海側の芝(芝はしっかりと育っていたようだ)を愛犬と散歩中、見つけたのがこれ。
間違いなくキャベツである。それもこの寒い冬の間に育ったのだ。この風の強いこの場所で奇跡である。
ではなぜ故こんなところに一本だけキャベツがあるのだろうか。

誰かが植えるというようなことは到底考えられない。耕した後もないのだから。

この場所の建物の中は私たちの直売所であったことから察するに、キャベツの種がここに落ちてそれがこの冬に育ったという事であろう。が、売っているキャベツは種ではなく葉っぱである。大きく育って菜の花が咲き、それが種になる。そうすると考えられることは、産直の中で売っていた種が流され、袋がやぶけてこの場所に種が落ちたという事だろう。

おおくの種があった中で、たった一粒、奇跡的に育ったのである。

このキャベツ一年の時を経てこの場所に根をつけたのである。

おそらく奇跡の味がするのであろう。

このキャベツのようにシートピアなあどもまたここに新たな根を張るに違いないのだ。

このキャベツをシートピアなあど、軌跡の一本キャベツと名付けよう。

このキャベツを育てて花を咲かせ、種をとり、やがてこのキャベツが出崎産直の軌跡のキャベツとして売り出される日もそう遠くないことだろう。

でもその前にだれかとって食っちゃうんじゃなかろうか。皆さんこのキャベツを守りましょう。

2012-4-3.jpg



0
  • Share

0 Comments

There are no comments yet.

Leave a comment