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in 唐臼の郷 鍛冶ヶ沢から

最後の楽園

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今年の一押しトマト(桃太郎ギフト)の播種作業が始まった。種を買うよりトマトを買った方がいいくらい高い種なのだ。

3月も中旬になると時折暖かな日和となる。こんな夜はアカガエルの合唱が聞こえてくる。
私が物心ついた頃からずっとそうであった。それは家の周り、近所どこに居てもそうであった。
それは単に自然がいっぱいの田舎だからと思っていた。

だが、それは違うという事が最近分かってきた。

私の家の周りは昔から田んぼがあった。昔は湿田だった。田んぼはそういうものだった。しかし大規模な改田が行われた。

いまは水路に水が来ないと田んぼは乾いている。アカガエルやトンボなど水辺の生き物にとっては大変なことだ。
しかしもっと大変なのは、田んぼが田んぼとして使われなくなったことだ。
一部に残った湿田も、田を植えないと草が生え、やがてガマの穂や、柳の木が生え始める。こうなると蛙やトンボ、ドジョウの住める環境は無くなっていくのである。

私の家のわきにある田んぼが唯一残された年中水がある田んぼだ。そこも米を植えなくなって数年たつ。日ごと草が生い茂り、ドジョウなどが住める環境が狭まってゆく。だがこの水を求めてこの時期アカガエルが集まって来る。
もう集まれる場所はこの辺りではここしかないのだ。
ゆえに、山から、畑から、乾いた田んぼからみんなここへやって来る。青ガエルのそれと違ってとってもきれいな声で鳴く。
子供の頃はうるさいくらいに聞いていた鳴き声も、今では悲しげに聞こえてくる。
蛙たちも、トンボたちも、ドジョウたちも人間と共に暮らしてきたのだという事が良くわかる。ひとが手入れしなくなったらこの者たちも住む場所が無くなってしまうのである。農薬がどうのと叫ばれ続けているが、それでも彼らは生き続けてきた。だが放置され荒れ続けると生態系はもっと変わってしまうのだ。
このままで、あと何年ここで彼らが集まって合唱できるのだろう。ここで生まれ山へと帰った蛙は、又ここに帰って来た時、果たしてここに楽園を見つけられるのだろうか。
里山の生態系は人と共にあるのだ。
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